日の名残り (ハヤカワepi文庫 イ 1-1)

  • 早川書房 (2001年5月31日発売)
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感想 : 990
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端的に言えば「かつての同僚に会いに小旅行をする」という、それだけの物語なのだけど、その進行は非常にゆるやか。文量の大半は過去の回想に充てられる。

過去の回想とはつまり、執事であるスティーブンの回想だ。イギリスの大屋敷であるダーリントンホールを舞台にして、そこで巻き起こった数々の出来事が懐古される。

彼の語る過去はまさしくあらすじの通り。

> 長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。

かつての栄華を、痛みと失敗も含めて郷愁する気持ちがたまらなく切ない。自分が経験していない過去を懐かしいとさえ感じてしまう、恐ろしいほどの筆力に引き込まれた。

ただし、回想があまりに多いので、テンポを重んじる読者には向かないと思われる。

また、執事という仕事の変遷が、スティーブンのこだわりと挟持を持って語られる。そこには流行り廃りがあり、だけど核となる品格や至上命題が存在している。そんな仕事小説的な側面には、淡く共感するものがあった。

そして、この小説ではイギリスへの批判のようなセリフが何度か登場する。それはカズオ・イシグロによる、愛と冷静な分析を伴った、ある種イギリスへのエールのように思えた。

敗戦国ドイツへの各国の見方や、反ユダヤの芽吹きなど、20世紀前半の欧米の空気感を感じることができる、という意味でも良書だった。個人的にはケインズとウェルズが同時代人だというのが、新鮮な再発見だった。しかもダーリントンホールの来客として紹介されるのがユニーク。


(ラストシーンのネタバレを含む書評全文は、書評ブログの方からどうぞ)
https://www.everyday-book-reviews.com/entry/%E6%99%A9%E5%B9%B4%E3%81%AE%E9%83%B7%E6%84%81%E3%81%A8%E5%BE%8C%E6%82%94_%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%90%8D%E6%AE%8B%E3%82%8A_%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%B0%E3%83%AD

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外文学
感想投稿日 : 2020年1月4日
読了日 : 2020年1月4日
本棚登録日 : 2020年1月4日

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