私は不眠と過眠に悩まされていたとき、夢の中の夢というのを繰り返し見ていた経験があるのだが、その状態を彷彿とさせる作品だった。主人公の月彦が何に囚われているのかはっきりしないが、側から見ていて健康な状態ではないことは分かる。不健康な世界であるから月彦はずっとなんとなく居心地が悪そうなのだが、野ばらに囲まれた世界を離れたいとも思っていない。(その点がやはり不健康なのかも)
長野まゆみが描く夢の世界は美しいだけで我々を歓迎しないし、追い出したりもしない。そこに居場所を求めるか否かでこの作品の見方が変わりそうだとも思った。私は居場所を求めなかった人間だからか、唐突すぎる展開に少し辛さを感じた。他人に夢の話を聞かされるとどう反応して良いか分からないときがあるが、丁度その感じ。しかしとびきりの美しい夢の話であるから惹かれてしまうのだけど。
読了後、物語中のキーとなっていたミシンはなんだったのか気になった。規則的に音を鳴らすことで時間感覚を保っている何かだろうか。夢は時間感覚がなくなるものだから、夢と現実をかろうじて繋ぎ止めてるのだろうか。逆に規則的に音が鳴ることによって眠りを誘っているものだろうか。同じ周波数の音を聞き続けると麻薬を服用するようなリラックス効果が得られると聞いたことがあるが、そういう類のものだろうか。どれも正解な気がする。
ラスト、ミシンは錆びれて崩れ落ちてしまって、野ばらの庭には誰も残されていないような描写が見られるが、月彦は夢を抜け出せたのだろうか。それとも月彦の存在そのものが消えてしまったのだろうか。いずれにせよ残った野ばらの庭に、今度は我々が囚われてしまうのかもしれない。
- 感想投稿日 : 2023年4月6日
- 読了日 : 2023年4月6日
- 本棚登録日 : 2023年4月6日
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