生命とは何か: 物理的にみた生細胞 (岩波文庫 青 946-1)

  • 岩波書店 (2008年5月16日発売)
3.61
  • (59)
  • (94)
  • (132)
  • (18)
  • (4)
本棚登録 : 1840
感想 : 127
4

エルヴィーン・シュレーディンガー(1887~1961年)は、オーストリア出身の理論物理学者。波動形式の量子力学である「波動力学」、量子力学の基本方程式である「シュレーディンガー方程式」、「シュレーディンガーの猫」を提唱するなど、量子力学の発展を築き上げ、1933年に英国の理論物理学者ポール・ディラックと共に「新形式の原子理論の発見」の業績によりノーベル物理学賞を受賞。
本書は、シュレーディンガーが、物理学的視点から生物の生命現象を解き明かそうとした、1944年の著作である。日本語訳は1951年に出版された。
当時はまだ、世界の第一級の物理学者の間でも、生物の生命現象には、生命以外の全ての物質が従う物理学の基本法則を超越した何らかの力が関与しているかもしれないとの思いが漠然と抱かれていた。そうした思いは、1953年のワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見を決定的な転機として生まれた分子生物学の発展によって過去の遺物となったが、その約10年前に発表された本書は、そうしたテーマのついての世界の物理学者と生物学者の関心を喚起するのに、極めて重要な役割を果たしたと言われている。
本書で著者は、生物の遺伝の仕組みと、染色体行動における物質の構造と法則を、物理学と化学の視点から推論しているが、出版後70年を経てなお興味深いものはエントロピーに関する考察と思う。
著者はエントロピーと生命の関係について、「エントロピー増大の法則」が示すところによれば、物体は崩壊を経て平衡状態に至るにも係らず、生物が平衡状態にはならないのは、生物が、食べたり、飲んだり、呼吸をすることにより「負エントロピー」を絶えず取り入れているためだと説明している。つまり、生物が生存することによって増加するエントロピーを、負エントロピーによって相殺することで、エントロピーの水準を一定に保持しているのである。この事態は、「エントロピー増大の法則」が、開放されたシステムにおいては成立しないことを示しており、平衡状態とは別種の安定が成り立つとも述べている。
現在ほど研究領域の細分化が進んでいなかった当時でさえ、著者はまえがきで、「ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまった」が、「われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他に道がない」と宣言をして著した、科学者の本懐を示す作品である。
(2013年6月了)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年1月16日
読了日 : 2021年11月16日
本棚登録日 : 2016年1月16日

みんなの感想をみる

ツイートする