僕が死んだあの森

  • 文藝春秋 (2021年5月26日発売)
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感想 : 65
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 原題は『三日間、そして一つの人生』という意味である。このスリリングで圧倒的な物語を読み終わった時点で、敢えて意訳すると『三日間が決めてしまった人生』あるいは『あの三日間から逃げられないでいる人生』『人生のすべてはあの三日間だった』などなど。

 少年の物語は夢多くあれ、と思うのだが、本書は少年の物語でありながら作者がピエール・ルメートルだから、スリリングでミステリアスで皮肉に満ちた物語にしかなり得ないだろう。そんな想像力で、淡々と書き綴られるこの少年の物語を読んでゆくと、まさにスリリングでミステリアスで皮肉に満ちた物語として本書を楽しんでしまったのである。やっぱり、だ。

 第一部、1999年、ボーヴァル村。少年アントワーヌ、12歳。隣家の少年レミ 6歳。前者は後者を殺し、死体を森の中にぽっかりあいた穴に投げ入れてしまう。一瞬の憎しみの原因になったのは、前日に起こった隣家の犬の死。レミの父が轢かれてしまった犬を銃で撃ち殺してしまったのだ。レミの父への怒りをその息子への責めと暴力で果たしてしまったことにより、少年はこの時から殺人者となった。

 レミは失踪事件として捜索されるが、村は大洪水の災害に襲われる。

 第二部、2011年、アントワーヌ、24歳。帰郷。

 第三部、2015年、アントワーヌ、28歳。罪と罰の結末。思わぬ結末。

 第一部が、三日間の出来事で作品の流さで言えば三分の一を占める。三日間が濃縮され煮詰まったスープのようにアントワーヌの人生を決定づけているかに見える。
  
 ルメートルと言えば、奇をてらった意想外のミステリーの書き手という印象が強いが、本書はフレンチ・ノワールを少年小説のオブラートで包んだことで、より人生の深みや皮肉への到達度が深い味わいをもたらしているように見える。

 ミステリーとしては地味ながら、人間の罪と罰、自然災害のスケールを物語のクライマックスのように持ち出して、人間生活のちっぽけさを浮き出させて見せる。隣人や家族の人間関係と、男女の恋愛や青春を、不安定な秘密生活の上に乗せて見せる。

 上っ面と真実。笑顔と恐怖。それらの二律背反を配置して、人間心理の暗黒を垣間見せる描写に長けるこの作家の面目躍如といったところか。

 さらにこのフレンチ・ノワールならではの心理サスペンスの果てには、驚くべき結末が待っている。最後のどんでん返し。仕掛けと物語力に満ちた、実に上手い小説が一丁上がりというわけだ。

 気になることに本年の新作がルメートル自身最後のミステリーとなると宣言しているそうである。この作家のミステリー・エンタメ作品。一字一句を胸に刻むように読んでゆかねばならないのかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノワール
感想投稿日 : 2021年8月1日
読了日 : 2021年7月23日
本棚登録日 : 2021年7月23日

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