秋めいてきたここ数日、原田マハさんのアートミステリーをじっくり堪能した。われわれが何気なく足を運んでいる大型海外作品の美術展の組織のからくりなども垣間見ることができて、トリビア的な知識欲も満たされた。
謎めいた展開、次々に明かされる真相。現在から、過去の回想と作中作、そして現在へ。事実と創作の境目はどこにあるのか。ダン•ブラウン作品のロバート•ラングドン教授でも出てきそうな、知的なこの空気感が好きである。
冒頭、美術館で監視員の仕事の良さを内省する織絵が、おもむろに、団体客に遅れて加わる女子高校生に歩み寄る。なぜ分かるのかガムを噛んでいることを注意し、少女が反抗するシーンが映像的で印象深い。両者の関係は後で明かされる。
織絵を、自ら封印した過去は放っておかない。「あなたは、『一介の監視員』なんかじゃありませんね」「ひょっとしてーあのオリエ・ハヤカワなんじゃないですか?」美術展への出展交渉の重要人物として相手先のMoMAから指名される。
17年前、パリ大学の気鋭のルソー研究者であった織絵。ある富豪から幻のルソー作品「夢をみた」の真贋調査のためバーゼルへ招待を受ける。作者不詳の文献を7日間で1章ずつ読み作品を講評する形でMoMAのティム•ブラウンと対峙する。
ティムもルソー研究者であり、上司のトム•ブラウン宛の誤植と思われる招待状を手にバーゼルの屋敷に向かう。目撃情報で事態を察した美術界の大物たち。『猿芝居はそこまでにしておくんだな』彼はキュレーター生命を賭けることになる。
織絵は若く、黒髪と涼しげな瞳、白シャツと黒スカートのクールな佇まいであったが、静かな火花を散らしながら次第にティムに心を開いていく。織絵が恋人との間に新しい命を宿していることを知り、ティムは織絵への思いを口にしない。
織絵が動物園にティムを誘う場面。「なんとなく、わかったんです。そのとき、(植物園に足しげく通った)ルソーの気持ちが。彼はアートだけを見つめていたわけではない。この世界の奇跡をこそ、みつめ続けていたんじゃないかなって」
スマホや本ばかり見ていないで、まずは自分の人生を見つめなさいと言われたような気がした。
作中作で、徐々に、ルソー作品の下地に描かれていた、ある大物の作品の存在が示唆される中、真贋調査の講評は意外な結末を迎える。血縁関係から真贋を示唆する描き方が巧みである。別れの前、二人はルソー作品を心ゆくまで眺める。
そして17年後、MoMAのルソー「夢」の前で再会する。色々想像を掻き立てる終わり方である。
小谷野敦氏の「レビュー大全」では、「…だんだん現実味がなくなって漫画みたいになっていく」「恋をした、といっても何だかお決まり路線みたいで、その相手の女性が魅力的に描かれていないし…」と辛いレビューだが、私は好きである。
最後に、もう1人の主人公アンリ•ルソーの作品は、これまで自分の好みでなかった。数年前のルノワール展でもどうしても違和感が先に立っていたが、今思えば主要作品が思い出せないほど印象深い。本作は間口を広げる良い契機となった。
- 感想投稿日 : 2023年10月7日
- 読了日 : 2023年10月7日
- 本棚登録日 : 2023年10月7日
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