居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)

著者 :
  • 医学書院 (2019年2月18日発売)
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感想 : 261
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ここ最近ずっと、自分の無能感に死にたくなっていたけど、第5章の「暇と退屈未満のデイケア」を読んでいて、自分が最近退屈できていないことに気づいた。

仕事をしていて何か空白の時間があると、悪い方向の思考が傾れ込んできて、手が止まってしまう。自分の妄想だ、とわかっていても、止められないまま、その間仕事ができなくなる。
そうして、何もできずにいる自分にさらに自己嫌悪し、上司から無能と思われているのではという妄想でまた手が止まるという悪循環を繰り返していた、という事実を外からの視点で眺められた。

第5章には、そういう脅威から身を守るための自我境界というものがあり、それがきちんと機能していれば、脅かされずにすむ、と書かれていた。
私は、過去に安心して生きられていた自分と、今の、他者の目線に恐怖して毎日が苦しい自分とは、何が違うのかがわからず、なんとなく、何も知らなかった頃は幸せだったからなのか、と考えていた。
知らない頃に戻ることはできないので、自分が幸せに生きられるような気持ちに戻ることもまた、できないように感じていたが、私が今知った気になっていることは、他者や、社会からの評価であり、それは自分とは別のものの中にあり、推しはかることなどできない、その評価の憶測を自分自身で作り上げて苦しんでいただけだ、ということになんとか気づけた。
精神的な危機に陥った人は、自己と他者の境界が曖昧になり、自分の内部の考えを他者に投影してしまう、と頭ではわかっていたが、自分自身の経験に当てはめられていなかった。
また、そういう自分は、もはや回復不能だと思っていたけど、円環的な繰り返しの生活の中で、時間によって変わっていくこともある、と書かれていて、希望が持てた。

また、この本を通底して出てくる、ケアがお金に換算されると、その機能がうまく働かなくなるという点について、自分はずっと違和感と、息苦しさをもっていたことにも気づいた。
私はとにかく大バカなので、子供の頃から、お金にならない、掃除や洗濯や料理といった家事労働が嫌いで、全くやってこなかった。意味がないと思っていた。
父も同じくで、母よりも家にいるにも関わらず、家事労働をしない人だった。
その結果(他にも色々と原因はあるが)、母が病気になってしまったのだと思う。
そうなった上にさらに年月を経て、ようやく自分が家事をするようになって、家事労働の意味がわかった。
私は今まで、生活を蔑ろにし続けてきたのだと思う。
家事をして初めて、私は今生活をしている、と思えた。
仕事をしている時には実感できない、生きているという実感が、家事をしている時にはありありと感じられる。
家事は別の意味や、価値には換算できない。
それ自体が生きることと同義だからだと思う。

ケアをする仕事をしていた時期もそのことで葛藤していた。
当たり前に生きることを、お金に換算するのは変だし、当たり前に生きる生活の一つ一つの何気ない動作に意味を見出して、それを進歩させようとするのは、おかしい。
この本でも語られているように、生活は円環であって、直線ではない。
それなのに、資本主義のもとに動く経済では、昨日よりも大きな成果、毎日成長し続けることが求められ続ける。
その原理の中では、どんな些細なことにも意味づけが求められる。本来、市場の中だけのはずの考え方が、だんだんと日常を侵蝕してきて、日々の暮らしが、些細な出来事全部が、意味あり・意味無しのジャッジをされ続けて、君は何ができるのか常に問いかけられ続けているような焦燥感が付きまとう。
そのせいで、私は毎日自分が何も進歩もない日常を送っていることに、必要のない罪悪感を抱えていたのだ。

実際私は、毎日虚空に向けて謝り続けていた。
両親にも、国にも、世界にも、生まれてきてすみません、と心の中で謝罪していた。
本当に生きているだけで申し訳ないような気持ちになっていた。
何も生み出さず、なんの役にも立たず、ただ生きることが、ただ居ることが、悪のように感じるなんて、本当はおかしいことだと、伝えてくれるこの本は、とても優しい。
この本が正しいと信じて、死なないで生きていきたい。
自分が生きていてもいい、と今だけでも思わせてくれたことが本当にありがたかった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年11月21日
読了日 : 2023年11月21日
本棚登録日 : 2023年10月19日

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コメント 2件

workmaさんのコメント
2023/11/26

デビ丸さん
はじめまして。

ブクログでこの本のことを知り、また、
デビ丸さんのレビューを読んで、ますます本書が読みたくなりました。

デビ丸さんのコメント
2023/11/26

はじめまして!ありがとうございます!
とても面白い本なので、ぜひ読んでみて欲しいです!!
たくさんの人がこの本を読むことで、少しずつでも世の中の生きづらさが薄まっていくんじゃないかな、と願ったり思ったりしています!

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