戦艦武蔵 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.94
  • (106)
  • (190)
  • (107)
  • (10)
  • (1)
本棚登録 : 1355
感想 : 153
4

巨大戦艦「武蔵」の建設計画から、進水、戦歴、沈没に至るまでの7年間を描いた歴史文学。著者の吉村昭は、軍人や乗船兵でもなければ、造船会社の関係者でもなく、戦時中は少年だった。ある意味「第3者」という立場からフラットな目線で、「戦争に突き進み、敗色濃厚でも戦争を続けてしまう」当時の日本社会に迫ろうとしている。
膨大な人命と物資、金銭と時間を浪費するだけなのに、なぜこのような非合理的な「愚行」が国としてまかり通り、社会に根強く残ってしまうのか。筆者は強い疑問を持っていたのだろう。

実は、本書はページ数の過半数が、武蔵が建造される期間に割かれている。さすがに戦場、特にレイテ海戦における沈没までの正確な記録は残っていなかったのだろう。ただし、一般人(作業員や長崎市民)という視点から見た「武蔵」に対するイメージは緻密な取材に基づいており、大変興味深い。

・何を作るのか知らされないまま、造船所での過酷な強制労働に携わる作業員
・造船所がある港を見ることすら許されない長崎市民
・漁業で使う材料が一斉に無くなり、狼狽する漁師
・愛着を持って建造した戦艦を海軍に引き渡した直後、あっけなく退去命令をくらう造船会社の幹部

今の時代も、建設現場などでは「国を代表する大プロジェクト」に携わることに対して、技術者や作業員の間でプライドや連帯感は存在する。
身近なところでは、ワールドカップでの熱狂だって似ていると思う。
人々の間で「神話」を夢見る気持ちの高ぶりが、現実から離れて非合理的な集団行動を取ってしまうのだろうか。この本質に毎回迫ろうとする吉村文学、これからも沢山読んでいきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年2月23日
読了日 : 2023年2月23日
本棚登録日 : 2023年2月23日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする