陰翳礼讃 (中公文庫 た 30-27)

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  • 中央公論新社 (1995年9月18日発売)
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陰翳にこそ美の真髄があるとする、日本古来の美意識について述べられた本作は、日本という特異な文化的背景の中で醸成された精神世界や実生活の様式に対する深い考察のもとに著され、文学界隈のみならず例えばデザインの世界などでもときにバイブルのように評されることも多い、日本文学の金字塔のひとつである。
たしかに、私は日本人の一人として、本書で述べられるような日本的あるいは東洋的な美的感覚、美意識は価値をつけ難いほどに尊いと思うし、谷崎がこれをしたためた当時よりもさらに時代がくだって完全に西洋文明に取って代わられた現代日本の生活社会の中に置かれて、このような日本的な美がすっかり見えなくなった現状に、やはり寂しさや残念さを感じないわけにはいかない。
しかし私が何に残念さを感じるかといえば、たとえば建築であったり服飾であったり日用品であったりに日本的な美が反映されていることがほとんどないという現実に対してではなく、それを裏打ちする、谷崎が指摘するような奥床しい精神世界がほぼ失せていることに対して、である。そして、そういう感覚=センスが皆無であるばかりか、そういうことに思いが到る遥か前段階の知能と経験値しか持ち合わせていない人間に限って、日本人は他の民族より優れていて高尚だとか、これは日本人にしかできないことだとか、誤りも甚だしい無知蒙昧な論拠で『陰翳礼讃』的言説を持ち出してきて、虚構の民族主義、もとい人種差別主義を掲げていて、恥ずかしい限りである。Twitterなどで日本国旗をアイコンにしているようやつほどその手の痛い手合いで、人を傷つけるような「日本人的美意識」に反することばかりに日々邁進しているいわゆるネトウヨという有様なのだから矛盾も甚だしく閉口する。
少なくともSNSというメディアには、陰翳を礼讃するような精神世界が入り込む余地は全くないし、SNSと切っても切り離せない今の世の中で、『陰翳礼讃』を正しく解することのできる読者は少ないであろう。正しく理解されないのなら谷崎にとっても不本意であろうし、誤った思想に利用されかねないので、本作は現代人にはあまり読まれない方が良いのではないかとさえ思ったりもする。
しかし、谷崎は、当時ですでに失われかけていた陰翳を文学によって呼び戻した。現代に生きる我々に、陰翳を呼び戻す手段があるとすれば、それは文学ももちろん含めたアートでありデザインではないか。鑑賞力のある人間は現代にも少なからずいる。実生活の具象としてではなく、人々の心の中に、美しき陰翳が呼び戻されることを願ってやまない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年4月15日
読了日 : 2023年4月15日
本棚登録日 : 2023年4月14日

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