「できる人」はどこがちがうのか (ちくま新書 304)

著者 :
  • 筑摩書房 (2001年7月18日発売)
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本棚登録 : 830
感想 : 81
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 本書は、何らかの学問的裏付けがあって書かれているのではなく、著者が集めた事例にラベルをつけて語るという帰納的な方法によって書かれている。
 筆者の優れた点は、この事例の意味合いを抽象化してラベルをはるという点にある。また、豊富な事例を集めることも得意のご様子。考えるための材料を沢山集めてくれているというのが本書の最大の価値だろう。
 したがって、この本の内容を消化するには、この逆を行えばよい。つまり、ラベルをいったんとりはずし、全体を断片化する。それらの断片を自分なりの切り口で再構成し、新たなラベルをはる。それこそ、筆者の重視する「まねる力」「段取り力」「コメント力」を駆使して本書を料理することで、本書で提供された素材も生きてくる。

キーワード
上達の普遍的な論理、スタイル、技、あこがれ、盗む、模倣、要約力、質問力、コメント力、カリキュラム構成力、二/八方式、関心の樹木系磁石、癖の技化、集中に入るシステム

ゲーテ、蓮見重彦、世阿弥、棟方志功、フーシェ、ボルグ、マッケンロー、城山三郎、吉田兼好、デルスー・ウザーラ、アラーキー、村上春樹

目次
プロローグ
第一章 子どもに伝える〈三つの力〉
第二章 スポーツが脳を鍛える
第三章 ”あこがれ”にあこがれる
第四章 『徒然草』は上達論の基本書である
第五章 身体感覚を〈技化〉する
第六章 村上春樹のスタイルづくり
エピローグ

1)教育論の文脈
・「学校の主な役割は、物事ができない状態からできるようになるまでの上達のプロセス・論理を普遍的な形で把握させることにある。」というのは、ビジネスにおける会社の役割、スポーツにおけるチームの役割、などにもあてはまる。
・この本で言う「上達の秘訣」とは、特定のジャンルにおける上達ということではない。むしろある領域での上達の体験が核となって、他のジャンルの事柄にチャレンジしたときにも、その上達の体験を活かすことができるような力。それが上達の秘訣につながる。」
・「時代の全体的傾向として親切に教える役割の人間が増えてきた」
・「言う、ことではなく、見る、ことこそ指導者の役目なのです。」

2)スタイル論の文脈
・「上達の普遍的な論理」とは、基礎的な三つの力を技にして活用しながら、自分のスタイルを作り上げていくということ。基礎的な三つの力とは、〈まねる(盗む)力〉、〈段取り力〉、〈コメント力(要約力・質問力を含む)〉である。
・「自分のスタイルを持つことができるということは、非常な喜びである。」
・「ここでいう「スタイル」とは、・・・自分の持つ諸技術を統合する原理である。」
・「スタイルを意識的に適用して絵を描くというわけではない。むしろ、絵を描くという行為の最中において、スタイルという一貫した変形作用の原理が働いているのである。」
・「元来スタイルは、一つの流派もしくは潮流のようなものである。」
・「スタイルという概念は、自分がどのような系譜に連なろうとしてのかという問題意識を鮮明にさせるものである。」
・「重要なのは、自分にあったスタイルを「選択」するということだ。」
・「自分の得意技を持ち、その世界において明確な関わり方、あるいは戦い方を為すレベルになってはじめてスタイルという概念は意味を持つ。」

3)上達論の文脈
・「上達を根底から支えるのは「あこがれ」である。・・・「あこがれ」や「志」のスケールが器の大きさだとも言える。・・・自分が何に驚き、何に引かれたのかがわかるのは、むしろ上達を続けていくプロセスにおいてである。・・・出会ったものが持っているベクトルの方向性と強さに、自分のあこがれのベクトルが沿ってしまう。ベクトルにベクトルが反応してしまうこの現象こそが、上達を根底において支えるものだ。」
・「うまい人のやることをよく見て、その技をまねて盗む。・・・それを強い確信を持って自分の実践の中心に置くことができているかどうか。それが勝負の分かれ目」
・「言葉で教えてもらえる以上のものを身につけたいからこそ、「技」を盗もうという意識が生まれる。」
・「技を盗むためには、漠然と見るのでは不十分である。盗むべきポイントを絞り込んで、見つめる必要がある。」
・「熟達している者が、トータルに見れば自分よりも未熟な者から盗む場合もある。」
・「技を盗む力は、「暗黙知(身体知)」をいかに明確に認識するか」にかかっている。・・・コツは、この「暗黙知」と「形式知」の循環を技化することにある。・・・この循環には、的確な〈要約力〉や・・・〈質問力〉、〈コメント力〉などが大きな力を発揮する。また、仕事自体が「段取り」によって組まれているので、技を盗むということは段取りを盗むということでもある。」
・「〈三つの力〉と本を読むことを結びつけているのが、〈要約力〉である。・・・要約力はもっと広い観点から意味づけ直されるべきものである。たとえば映画を観て、そのあらすじや面白さを他の人に伝えられるのも要約力だ。また、武道や武芸における「型」も、要約力の結晶である。」
・要約力は、上達の基本である。上達するためには課題をはっきりさせる必要がある。その課題の設定が的外れであれば、上達は遅れる。重要な課題を絞りこむのに〈要約力〉が必要となる。その上で、自分にとっての課題を、様々な課題の中で重みづけをして、重要性の高いものをピックアップして優先順位をつけ、それをトレーニングメニューとして時系列順に並べていく。これが、いわば〈カリキュラム構成力〉である。」
・「ある動きをいつでも使えるような技にすることを〈技化〉と呼ぶことにすると、この技化は反復練習によってなされる。通常、技の会得には一万回から二万回の反復が必要だとされている。これだけの回数の反復練習を行うためには、基本となる技を限定する必要がある。」
・「上達のコツは、自分自身で自分の基本技を設定し、その基本技を身につけるためのミクロな練習法を工夫し、反復練習することにある。」
・「上達の秘訣は、自分の癖やスタイルをわかってくれていて、タイミングよくアドバイスをしてくれるパートナーや師匠を持つことだ。しかし、こうした存在が身近にいない場合もあるし、一人で練習しなければならないことも、実際には、多い。こうした状況において、無類の価値を発揮するのが、「型」である。・・・練習によって習得した型は、そうしたズレを修正する機能を持つ。「何がどれくらいずれているのか」という情報を、一回一回フィードバックできるところに、型の良さがある。」
・「映像から「意味」を取り出すのも一つの技なのである。」
・「上達という観点から見て重要なのは、主観的に感じられるものと外側から見られるものとの「すりあわせ」である。話をする場合にも、聞き手の立場になって自分の話を捉えなおすことのできる人は、話がうまい。」
・「技術が技として取り入れられるプロセスにおいては、各人のもっている身体性に沿って微妙な変形を受ける。この微妙な変形の工夫がなければ、その技術が身体に馴染んでいくのはむしろ難しい。」
・「何のためにその技術が必要であり、その技術が自分の全技術の中でどのような位置を占めるのか。こうした課題を認識するマクロな視点が、技の上達には大きな役割を果たしている。明確な目的意識が細かな工夫を生み出すからである。」
・「変化・発展のプロセスにある領域やオリジナリティ(独自性)が重視される領域においては、基本を押さえた上で、自分の癖を技にアレンジしていくやり方も、効果的である。・・・〈癖の技化〉というコンセプトである。」
・「上達の理想のプロセスは、ベーシックな力を身につけた上で、自分の癖を技化して得意技となし、自分のスタイルを確立することである。」
・「上達論が普遍的なものだとすれば、むしろ複数の道を進み、さまざまな領域の達人にあこがれてそのコツや極意を知りたいと思うような人が、上達論をなすのに向いている。」
・「上達するためには、自分がまだ会得していないことに対する予感やヴィジョンを持つことが重要である。
・「集中力というのは、・・・「意識のコマ割り」の多さである。」
・「自分の生来の才能に比して自分の望むものが大きければ大きいほど、こうした集中に入ることを偶然的な出来事ではなく〈技化〉する必要性が生まれる。」

4)読書論の文脈
・「全体の八割の重要性をもつ部分を的確に捉える練習は、短時間に大量の本を要約するトレーニングによって高められる。」
・「「全体の二割の部分を読んで内容の八割方を押さえる」という課題をこなす練習をすることは、トレーニングメニューとして効果的である。本全体の頁数が二百頁とすれば、その一、二割、つまり、二十頁から四十頁程度を読んで、全体の主旨の八割方を押さえるという課題である。」
・「目次と前書き、あとがきを手かがりにするのは、基本である。」
・「三分で一冊の本を要約できるように読むというのは、無理な注文ではある。しかし、大学でこれを行うと、三分間の間に本の主旨を的確につかまえることのできる学生もでてくる。
・「自分の関心事やテーマ、あるいはキーワードをはっきりと持つことによって、いわばそれが磁石となり、他の様々な言葉がそれにくっついてくるのである。」
・「「幹となる問いを設定する習慣」をつけることである。」
・「キーワードの設定も効果的である。本を読む前にあらかじめ三つほどのキーワードを設定することによって、パラパラとめくるだけでもそのワードが飛び込んできやすくなる。二、三のキーワードを組み合わせて一つのまとまりのある見解にまとめる作業を、次の課題として行えば、本の要約が仕上がることになる。」
・「「キーワード間の関係を明確にする」という意識をもって、本をめくっていくことを通して、漠然とした読み方ではない効果的な情報の張り付きが起こりやすくなる。」
・「キーワードにざっとマルをする癖をつけておくと、後で読み返すときにそれが手がかりとなって理解を深めやすい。」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 学習理論
感想投稿日 : 2021年8月21日
読了日 : 2021年5月4日
本棚登録日 : 2019年12月30日

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