藤原氏の正体 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2008年11月27日発売)
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感想 : 19
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藤原氏のための日本書紀にさえ藤原氏の祖先は記されず唐突に鎌足が現れるのはなぜか。
露骨な創作はできないながらも、当時は皆誰もがが判っていたからこそ意図的に「書かれなかった」事があるのではないか。
そういう視点で書紀の内容と書かれた当時の状況を基に藤原氏の由来から藤原氏の権力確立までを中心に解きほぐしている。
核心となる鎌足=百済の王というのは少し強引な気もするが、本書の良さはその正否にあるのではなく、天智、天武、不比等辺りの当時の主導権の流れや蘇我や物部との関係、今なお残る蘇我支持等含めた民衆側からの視点が判りやすくとらえられているところだと思う。
極悪人入鹿とそれを倒した天智・鎌足という図式はあまりにも単純で実際はどうだったのだろうか…それが壬申の乱につながり、大宝律令制定への流れへとつながっている。
関の見立ては聖徳太子が進めようとしていた蘇我・仏教側の律令体制整備への反対勢力としての反蘇我、反改革である旧氏族の代表として天智側がクーデターを実行した。
強引な近江への遷都により蘇我を葬ったかと思いきや、蘇我・太子の理念を引き継ぐ天武側がすぐに体制をひっくり返した。
天武朝では不遇であったはずの不比等が大宝律令制定により天武側の政策理念を引き継ぎながらも、天智側(藤原側)を正当化し今の日本のベースにしてしまった。
すべては政策や理念より権力掌握・正当化のための方便だったのかもしれない。それを実行するだけの力を伴っていたからであろうが…。
まさに藤が寄生主にまとまりつくように、相手の理念や成果をのっとってあたかも自分たちの業績として歴史に残す。
このことによって藤原氏は正当化されるとともに女系家族の力を活用して日本の根本体制を形作ってしまった。それが本当に百済の家系であるならば古代からヤマトは渡来系に母屋を奪われていたことになる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史・文化
感想投稿日 : 2019年11月26日
読了日 : 2015年8月27日
本棚登録日 : 2019年11月20日

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