小暮写眞館(上) (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2013年10月16日発売)
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感想 : 276
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講談社創業100周年記念出版書下ろし作品として2010年5月に刊行された作品。

かつて「写眞館」だった家に引っ越してきた一家、特に高校生と小学生の兄弟の再生を、高校1年生の兄の目を通して描く物語。
大きな「事件」は起きない、「作者初のノン・ミステリー」と紹介されることが多いようですが、ここのところについて、実は作者や出版社の自認と読者の受け取り方に齟齬があります。偉そうなことを言わせてもらえるなら、起こしていないつもりの事件が起き(ていると受け取られ)、ノン・ミステリーのつもりがミステリーとして読まれることが、この頃の宮部みゆきの限界だったんじゃないかと思うのです。でも、後の「ソロモンの偽証」で軽々とその限界を跳び越えてみせたところに宮部みゆきの凄みを感じました。


自分が読んだ講談社文庫は上下巻構成です。
上巻には「小暮写眞館」、「世界の縁側」の2話が、下巻には「カモメの名前」、「鉄路の春」の2話が掲載されています。
一方、全く同じ作品が新潮文庫nexから1話ずつに分冊されて計4分冊で出ています。
「講談社創業100周年記念出版書下ろし作品」だったはずなのに新潮文庫にも収録され、さらに「新潮文庫nexレーベル(https://www.shinchobunko-nex.jp/)」にされている(時に他の宮部みゆき作品とは離れたところにnexレーベルでまとめて展示されたりしていて探しにくい)で4分冊(さすがに4冊に分けると1冊1冊が薄くてペラペラです)にされるなど、正直読者としてはどうしてこんなことになっているのかわかりません(ていうか不満です)。
真相は生臭い話なのかもしれません。まあどうでもいいんですが同じ本が複数の文庫から出ている状態にはちょっと困惑します。


シャッター通りと化したハッピー通り商店街の一角にあった古い写眞館。店舗兼用住宅だったここを買い取り、改装して花菱家の人たちが引っ越してきました。花菱家の長男、都立三雲高校1年生の英一(花ちゃん)は、ある日店(自宅)の前で女子高生から責任取って何とかしなさい、と写真を押し付けられます。
まだ営業していた頃の「小暮写眞館」の袋に入ったその写真はいわゆる「心霊写真」だったのです。

この上巻の第1話「小暮写眞館」で花ちゃんは心霊写真の謎を(一応)解決します。そして第2話「世界の縁側」では、花ちゃんの話を聞きつけて別の心霊写真が持ち込まれます。

こういう話の動き出しなのですから、上巻の2話を読んで、「日常の謎」系の連作短編(短編というには少し長めですが)集なのかと思うのが自然です。
1話毎に不思議な写真が持ち込まれ、それぞれの「謎」を解きつつ、幼くして亡くなった妹風子に思いをいたす。そんな作品集だと思うのが自然です。自分も上巻の時点ではそう思っていました。

宮部みゆきの作品には、「日常の謎」系統や連作短編集は、ないわけではありませんがそれほど多くの作品があるわけではありません。
また、高1の花ちゃんを通して語られているので、物語は青春小説の色を帯びており、淡い恋愛話も差し込まれています。

日常の謎にせよ、青春小説にせよ、これまでとはずいぶん違った方向性のものを書きたくなったことに読者としては感心したものです。
あれだけ色々なテーマについて、多彩なキャラクターを動かして、様々な切り口から作品を書いているのに、それではまだ足りないんですか?どれだけ書いたら満足するんですか…というようなことを思ったのです。


でも、読み始めてみれば、まだまだこのジャンルのものとしては発展途上のものに感じました。

「そンだけ」「ふウん」「ンな大げさなもんじゃないけど」など一部にカタカナを交えた「若者言葉」は浮いていますし、「SNS」として出てくるのが「ブログ」(おそらくmixiあたりのイメージです)であったりして、かえって古臭さを感じてしまいます。
青春小説を評する言葉としてよく使われる「等身大」の感覚に欠けます。「ま、いいけど」という「決め台詞」や、どちらかというと流されるままに生きている英一の様子と合わせると、どうしても世慣れた中年のおっさんのくたびれた日常を読まされているような気がしてきます。サブキャラクターたちは外連味たっぷりだったり饒舌だったりするので、余計にそう思うのかもしれません。

また、「ノン・ミステリー」のつもりで書かれた作品であるにもかかわらず、自分と同じように心霊写真の謎を解いていく日常の謎系のミステリだ、ととらえた人が多かったのでしょう、【『週刊文春2010ミステリーベスト10』国内部門7位、『このミステリーがすごい!2011年版』国内編8位、『ミステリが読みたい!2011年版』国内篇17位を獲得している】(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9A%AE%E5%86%99%E7%9C%9E%E9%A4%A8)という皮肉な結果になっています。
どうしてもミステリ臭が抜けない…何を書いてもミステリになっちゃうようなのです。

加えて言うなら、「心霊写真(「念写」のほうが近いようですが)」が存在する(手元にある写真は心霊写真である)という前提で話が進むのがどうにも落ち着きません。小暮さんの幽霊とか、風子の気配とかのように、いると信じているものと、写真のように物理的に目の前にあるものとは、全然別物です。実際に目の前にある「心霊写真」について合理的な説明がないのは(理詰めで話が進んでいくミステリであるからこそ)どうにも気持ち悪くてなりません。


でも、この作品で試してみたあれやこれやは後の作品に反映されています。
軽めでときどき読者への語り掛けが混じる地の文は「ここはボツコニアン」(大失敗作でした。もうこの路線はやめておいたほうが良いと思います)に、ティーンズが活躍する読後感の良いジュブナイルは「ソロモンの偽証」に結実します。
特に「ソロモンの偽証」は、ミステリかどうかにこだわらなくても、ちゃんとビルドゥングスロマンでありジュブナイルである一方、ミステリでもあり、リーガルサスペンスでもある「ソロモンの偽証」が書けるのだから、もうミステリだとかミステリでないとかなんてあまり難しいことを考えないほうがよいのではと思ったりします。

さて、上巻では静かな滑り出しを見せた物語は、下巻に入ると「日常の謎」を離れます。そして、4歳で亡くなった花ちゃんの妹風子について、一家それぞれが心の中で冷凍していた思いを引っ張り出してきて、ゆっくり溶かしていく過程が描かれます。
もっとわかりやすく過去を冷凍していた垣本順子を通して、心を解けさせ、溶けた思いを土台に「再生」の色を濃くしていくストーリー、そしてラストまで読んで初めて意味がわかるカバーの写真。その鮮やかな仕掛けは、でも下巻までお預けです。


でも上巻の時点では伏線こそたくさん敷かれているものの、「ご近所心霊写真探偵」が続くかのように読めるため、どうしてもこんな感想になってしまいます。
下巻の展開を読んで、こんな浅はかな感想を書いていたことを恥じ入ることになるのですが、まずは初読のときの感想を大事にしておきます。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 宮部みゆき
感想投稿日 : 2021年6月2日
読了日 : 2021年6月2日
本棚登録日 : 2019年3月16日

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