翼をください 上 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2015年1月24日発売)
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本棚登録 : 2950
感想 : 142
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先日読んだ原田さんのエッセイの一つに、「三菱重工が開発中のMRJの試験飛行に発想を得て「翼をください」を書いた。」という記述があり、どうしても読みたくなってこの本を手に取った。(MRJの開発も「翼をください」の作品が書かれたのも15年ほど前のことだ。私もMRJの開発には興味を持って見ていた。)

第二次世界大戦を迎える前の日本とアメリカ。当時のそれぞれの国内の市井の様子、雰囲気、人間性、政治状況といったものが肌身で感じられる描写。

原田さんの史実に基づいた創作は美術関係が中心だけれど、本作は飛行機と飛行距離・世界一周への挑戦が主題となっている。いつもそう思うのだけれど、原田さんのこのような作品は自分が門外漢な分野の歴史的な事実を勉強するには持ってこいだ。私は日本の国産機「ニッポン号」が世界一周飛行をしたことすら知らなかった。まあ、どこまでが事実でどこまでが創作なのか?バカな私はわからなくなってしまうのだけれど。

「上巻」の半ばまで読み進めると、本当にアメリカンな雰囲気や日本の昭和初期のエネルギッシュな(まだ軍国主義は一般市民にはそれほど浸透していない)社会を背景に、登場人物たちの生き生きとした活躍にのめり込んでいく。

そして戦争へと向かっていく現実の社会に抗うように、世界一周へと挑んでいく登場人物たちの意気込みや悲哀が感じられる。

このあと数年で日本は悲惨な戦争へと突き進んでいくと思うと少し悲しくなるのだが。

この後どうなるんだ?と思っているうちに「上巻」が終わってしまう。心憎い演出。

そして「下巻」を読み終えて、

この作品のストーリー自体はとてもシンプルで、ハートウォーミング。私でも予測可能な展開だったと思うのだけれど、第二次世界大戦の足音が迫ってきている情勢の織り交ぜ方が「さすが」と言わざるを得なかった。

そして「翼をください」のストーリー全体に流れている原田さんの想いがとても嬉しかった。それは「世界は一つ」という信念のようなもの。この想いがこの作品全体を書き上げる原動力になっていたのだと思う。

2023年2月。大変残念な事なのだけれど、三菱重工からMRJ開発事業からの撤退が公式に発表された。

原田さんが「世界は一つ」という思いを込めてこの作品を描かれてから15年が経っている。この15年の時の流れの中で日本はその経済力、人口構成、世界での発言力といったものを衰退させてきた。一方で現実の世界は中国等強権主義国家の台頭と他国への侵略、ポピュリズムと自国第一主義、貧富の差の拡大、パンデミック、戦争、といった事象が溢れかえってきている。残念ながら、徐々に「世界は一つ」という想いから大きく外れつつある。

本作は出版されて15年経っている。世界は変わってきているのだけれど、そういった今読んでも、逆に半端ない読後感を得る事ができました。今、原田さんはどういうお気持ちなのだろうか?

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年4月30日
読了日 : 2023年4月30日
本棚登録日 : 2023年4月3日

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