1.著者;村上氏は、小説家・翻訳家。両親共に高校の国語教師で、本好きの親の影響を受けて読書家に育った。「枕草子」や「平家物語」等の古典文学を暗唱させられ、反動で海外文学に興味が移り、最初に読んだのは「静かなドン」。本書「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。チェコのフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞。日本作家の中でノーベル賞の有力候補。
2.本書;大学生の僕が夏休みに東京から里帰りし、湊街で暮らした18日間の話。40の断章と後書きの構成。有名な一節、「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」から物語が始まる。「僕は友人の鼠とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。それぞれの愛の屈託をさりげなく受止めてやるうちに、僕の夏はほろ苦く過ぎ去っていく」。青春の断片を軽快な文章で捉えている。村上春樹が独自の世界観を綴っている。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第3章』より、『「何故金持ちが嫌いだと思う?」・・「金持ちなんて何も考えないからさ」・・「奴らは大事な事は何も考えない。考えていフリをしているだけさ」・・「必要がないからさ。もちろん金持ちになるには少しばかり頭が要るけどね、金持ちであり続ける為には何も要らない。・・でもね俺はそうじゃない。生きる為には考え続けなくちゃならない」』
●感想⇒人は生きていく為には、衣食住は欠かせず、金持ちはそんな心配はいらないでしょう。しかし、金持ちも色々です。親の遺産で金持ちになった人、自分の努力でなった人。「金持ちなんて何も考えないからさ」とありますが、そうとばかりは言えないでしょう。一代で財をなす人の中の、例えば会社を起した経営者などは、事業や従業員の将来を始終考えていると思います。それはそうとして、人間は生を受けてから「生きる為には考え続けなくちゃならない」のです。自分を含めて、❝世の為人の為❞に刻苦勉励骨身を惜しまず学び、働く事が良いのだと考えます。社会人なのですから。金持ちではなくても、身の丈に合った生活を心掛け、物質より精神面での豊かさを目指し、努力したいものです。
(2)『第31章』より、「故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いのもいりゃ運の悪いのもいる。タフなのもいりゃ弱いのもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね人並外れた強さを持った奴なんて誰もいないんだ。・・・だから早くそれに気付いた人間がほんの少しでも強くなろうって努力すべきなんだ。・・・強い振りの出来る人間が居るだけさ」
●感想⇒「人並外れた強さを持った奴なんて誰もいないんだ」。同感です。人間は性格の違いもありますが、どこかに弱さを抱えていると思います。人生は良い事ばかりではありません。私事です。振り返れば、受験などの人生の岐路に立たされた時、裕福とは言えない家に生まれた事に託けて、自分の弱さを露呈しました。そうした時、物質両面で支援してくれた人がいて、人生の難局を幾度も乗越えられたと感謝あるのみです。「それに気付いた人間がほんの少しでも強くなろうって努力すべきなんだ」。努力の方法は、色々あると思います。私の場合は、❝信頼できる人達の助言❞と❝尊敬できる作家の著作からの学び❞を支えとして努力してきたつもりです。強くなくてもいいじゃありませんか。人生の難題には、前向きに対処しましょう。その積み重ねが強さに繋がり、きっと良い結果を生むと思います。
(3)『第37章』より、「私は17歳で、この三年間本も読めず、テレビを見る事も出来ず、散歩も出来ず、・・・それどころかベッドに起き上がる事も、寝返りを打つ事さえ出来ずに過ごしてきました。・・・私がこの三年間にベッドの上で学んだ事は、どんなに惨めな事からでも人間は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続ける事が出来るのだという事です」
●感想⇒作中の17歳は、「どんなに惨めな事からでも人間は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続ける事が出来る」と前向きです。私事です。これまでに、病院生活を2度しました。食事はの喉を通らず、トイレにも行けず、個人的には辛い日々でした。この時は、家族の有難さが身に沁みました。他人には頼みづらい下の世話もして貰い、筆舌に尽きし難い感謝の思いで、胸が一杯でした。入院をすると、気力が徐々に無くなっていきます。しかし、フィクションとは言え、17歳という若さでこんなにも強く生きられるのかと、驚きです。自分だけが辛い思いをしていると考える人もいると思いますが、世の中には想像を絶する辛い思いをしている人達がいます。例を上げれば、知人に筋萎縮症で亡くなった人がいます。彼は働き盛りで、家族を残し永眠しました。さぞかし無念だったろうと思います。心身ともに自分だけが不幸と考えず、何事も前向きに生きたいものです。
4.まとめ;村上氏は、インタビューで、冒頭の文章『「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」が書きたかっただけで、後はそれを展開させただけだった。・・・ 小説を書く事の意味を見失った時この文章を思い出し勇気付けられる』と言っています。本書を若い頃に読んだ際の感想は、18日間の夏休みを過ごした日常を淡々と描いているだけで、読者を引付ける骨組みの無い本だと思いました。しかし、今回読み返して、青春時代の風景を著者の力量で見事に描くだけに留まらず、心を捉える言葉を所々に散りばめた秀作です。私事です。読後に、青春時代の絵模様の数々、中でもアルバイトで知り合った女性への恋心・・・を想起し、余韻に浸りました。ミステリーの様に、謎解きの面白さはありませんが、ある程度の人生経験を積んで読返すと味わい深い作品です。さすがにノーベル賞候補に挙げられる作家の著作だと納得です。(以上)
- 感想投稿日 : 2023年12月6日
- 読了日 : 2023年4月12日
- 本棚登録日 : 2023年4月12日
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