死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1959年9月29日発売)
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感想 : 357
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1.著者;大江氏(故人)は、小説家。「死者の奢り」で、学生作家としてデビュー。豊かな想像力と独自の文章で、現代に深く根ざした小説を執筆。核兵器・天皇制等の社会問題、故郷の四国の森の伝承、知的障害を持つ長男との生活・・を重ね合わせた作品を構築。「飼育」で当時最年少の23歳で芥川賞受賞。さらに「洪水はわが魂に及び」で野間文芸賞・・などの多数の文学賞と、日本で二人目となるノーベル文学賞受賞。民主主義の支持者で国内外における社会問題に積極的に発言を続けた。
2.本書;大江氏の初期作品集。6短編を収録➡①死者の奢り(解剖用の死体を運ぶアルバイト)②他人の足(脊椎カリエスの病院)③飼育(黒人兵を村で預かる)➃人間の羊(バスの中での屈辱)⑤不意の唖(村に来た外国兵)⑥戦いの今日(朝鮮戦争時に日本に来た米兵)。前三作は監禁状態、後三作は社会問題がテーマ。大江氏は書いています。「監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考える事が、一貫した僕の主題でした」と。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第1編 死者の奢り』より、『「《教授》こんな仕事(死体を移す仕事)をやって、君は恥ずかしくないのか?君たちの世代には誇りの感情がないのか?」→「《アルバイト学生》生きている人間と話すのは、なぜこんなに困難で、思がけない方向にしか発展しないで、しかも徒労な感じがつきまとうのだろう、と僕は考えた。・・僕は眼をあげ、教授の嫌悪にみち苛立っている顔を見た。・・蔑みの表情があらわなのを見て、僕は激しい無力感にとらえられた』
●感想⇒人には生きていく為に生活事情があります。この学生は報酬に魅力を感じ、大学病院の解剖用死体を運ぶアルバイトをしたと思います。それ自体決して、非難されるものではありません。❝職業に貴賤無し❞と言います。法令に違反しない限り、どんな職業も理由があって、存在しているのです。教授の言う「こんな仕事(死体を移す仕事)をやって、君は恥ずかしくないのか?」にはあきれます。この仕事を誰かがやらなければ、教授は研究出来ないのです。感謝するのが当然でしょう。彼は、人を色眼鏡で見て差別しています。世の中には、このように❝特権階級❞を自任し、振りかざす人が少なくありません。自らの立場やこれまでの人生を振返り、感謝の心を忘れず、真摯な態度で人に接したいものです。社会的地位が高い程、人格をを疑われる言動は慎むべきです。❝人のふり見て我がふり直せ❞です。
(2)『第3編 飼育』より、『《村の少年》黒人兵を獣のように飼う。・・黒人兵が柔順でおとなしく、優しい動物のように感じられてくる。・・僕らは黒人兵と急激に深く激しい、ほとんど❝人間的❞なきずなで結びついた事に気付く。・・黒人兵が捕らえられて来た時と同じように、理解を拒む黒い野獣、危険な毒性をもつ物質に変化している。・・黒人兵の頭蓋の打ち砕かれる音を聞いた』
●感想⇒村という外部と隔離された社会、主人公が黒人を支配できるという優越感、無残な最期の悲劇・・。「飼育」は残酷で恐ろしい話です。戦時下とは言え、人間を動物の様に扱う(飼育)のは、身の毛がよだちます。世間ではペットブームと言い、動物を人間の様に飼育している人をよく見かけます。私も以前はペットを飼っていたので、その気持ちはよく理解出来ます。しかし、人間を❝飼育❞するという感覚が私には理解出来ません。ペットは人間の様に❝裏切らない❞という事かもしれませんが、人間には尊厳があるのです。道徳心もあります。本短編は戦時中のフィクションとは言え、❝人間を飼育する❞という発想で書き上げた偉才ならではの作品です。驚きです。
(3)『第4編 人間の羊』より、『「《主人公》外国兵らは(バスの中で)僕のズボンのベルトをゆるめ荒々しくズボンと下履きとを引きはいだ。・・両手首と首筋はがっしり押さえられ、僕の動きの自由を奪っていた。・・狼狽の後から、焼け付く羞恥が僕をひたしていった」・・「《同乗の教員》・・君は泣寝入りするつもりなのか?・・黙って誰からも自分の恥をかくしおおすつもりなら、君は卑怯だ。・・名前だけでも言ってくれよ。僕らはあれを闇に葬る事は出来ないんだ。・・(名前を隠すつもりなら)お前達(僕と外国兵)に死ぬほど恥をかかせてやる。・・俺は決してお前から離れないぞ」』
●感想⇒被害者と傍観者に関する感想です。先ず、被害者の学生。衆人の前で酷い屈辱を受けても、反発できない惨めな気持ちに耐え抜く態度に感心。背景には、敗戦国での治安の悪さ(警察も当てにならない?)とバス同乗の傍観者の❝面倒な事は避けたい❞という態度にあると思います。バスを降りて、傍観者の一人(教師)が被害者にこの事を訴えようと纏わりつきます。外国兵が居なくなってからしつこく迫り、思い通りならないと捨て台詞。「お前達(僕と外国兵)に死ぬほど恥をかかせてやる」。教育者にあるまじき発言、こういう教育者は許せません。大江氏の「傍観者に対する嫌悪と侮蔑」を思い、胸を打たれます。最近では、交通機関の中での不祥事に、同乗者達が加害者を非難している報道をよく見聞きします。正義は健在だと思うと同時に、この火種を絶やさない社会にしたいものですね。
4.まとめ;本書は、大江氏の出発点となる作品で、芥川賞受賞、100万部超の大ベストセラーです。今回レビューを書くために再読。若い頃に読んだ時は、正直難解な作品でした。私は、6短編の中で、「人間の羊」に感銘。傍観者の❝他人事❞と言わんばかりの態度、歪んだ正義感を振りかざす教師。戦後間もない時の出来事と言えど、人間の醜さ・弱さに傷心です。大江さんは、ノーベル文学賞受賞後も、反原発デモの先頭に立つ等、行動する知識人としての人生を貫きました。書斎にこもる事なく行動し、発言し続けたのです。氏の作品が時代を超えて世界レベルで読み続けられる事を願います。(以上)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年7月8日
読了日 : 2022年7月28日
本棚登録日 : 2022年7月28日

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