1.著者;角田さんは、大学在学中にジュニア小説でデビュー。「お子様ランチ・ソース」で集英社のコバルト・ノベル大賞を受賞しました。その後、「対岸の彼女」で直木賞、「ロック母」で川端康成賞など、数々の文学賞を受賞。文学以外には、学生時代からボクシングを始め、音楽はサザンオールスターズのファンだそうです。
2.本書;(1)第1章は、主人公(希和子)が不倫(秋山)の子を懐妊。しかし、説得され、堕胎する。所が、相手の妻には子供ができ、希和子がその子を誘拐し、逃亡を続ける話。
(2)第2章は、誘拐した子(薫)も、不倫(岸田)の子を妊娠。自分で育てる決意をするという話。◆ちなみに、本書は「中央公論文芸賞」受賞作品です。
3.個別感想(気に留めた記述を3点に絞り込み、私の感想と共に記述);
(1)第1章より、「薫に何を与えてやることが出来るのか。私には何をしてやることも出来ない。私と一緒にいる限り、この子には父親も親類もいない」「戸籍も住民票もないあの子を、どうやって学校に入れてやるのか」
●感想⇒この誘拐は営利目的ではありません。だが、これは犯罪であり、許されざる行為です。所で、不倫相手の赤子を誘拐した理由は書かれていません。読者の受止めは、読者の生まれ育った環境や思い・拘り等により、様々でしょう。不倫相手への報復とか、馬鹿な女だと詰る人もいるかもしれません。
私は、希和子が堕胎した子の幻影を見て、償いの気持ちと同時に母性本能が芽生えたと思いたい。本書の所々にある母娘の交流を読むと、主人公が実娘と思えるほどの愛情を注ぐ場面に出くわし、不憫で切ない気持ちになります。
(2)第2章より、「子供ができたかも(薫)」「路地に立っていた暗そうな人、今付き合っている人、奥さんと子供がいるんだよ。・・・面倒な事からは逃げる人だから(岸田)」
●感想⇒薫は、岸田に子を身籠ったことを言わず、自分で生んで育てる決意をします。小説とはいえ、批判がよいのか、同情がよいのか、悩ましい問題です。究極的には、当事者同士の問題なのでしょう。
老婆心ながら、愛情だけで子育て出来ません。シングルマザーの子育ての厳しさは想像以上です。子供ができたら、どうすべきかを二人で十分に話合い、解決策を見出すのが、人間としての最低限の責務です。道徳心の無い似非愛で、周囲に不幸な人を決して作ってはいけないのです。
(3)第2章より、「なぜこんなに嘘ばかりつく男(秋山)を好きでいたんだろう。・・・取り合うような魅力のある人には思えないし、思いやりがあるようには思えない」
●感想⇒不倫は、人の道を外した罪深い行為です。男女双方に責任はあります。だが、子供ができて、女性に丸投げする男は最低です。世間では、だらしのない男に惚れた女性も悪いと言うかもしれません。
当事者と傍目の違いがあるかもしれませんが、私は男が見て見ぬ振りをして、逃出す態度を許せません。仮に相思相愛としても、女性を一時の欲望で食い物にする卑劣かつ卑怯な男に嫌悪感を感じます。そういう人間は、いずれ相応の報いを受けるでしょう。
4.まとめ;本書を読んで、考えさせられたのは、家族とは何かという事です。家族は、血のつながりが基本です。主人公が赤子を誘拐して育てたのは、自分に辛い過去(堕胎と子が産めない体)があるからだと思います。親子関係は、血のつながりだけでなく、日常生活の中での愛情の注ぎ方次第と思います。「生みの親より育ての親」は至言です。わが子への暴力や子育て放棄の新聞記事を目にする度に辟易します。
さて、本書のラストシーンである、フェリー乗り場での希和子と薫のすれ違いについて、著者は読者に何を語りたかったのか、その後の二人は幸せだったのか。私はハッピーライフを期待してやみません。
本書は、結末を知りたくて、先へ先へと読みたくなる小説です。角田さんの読者を感情移入させる力量に脱帽です。ただ、薫が希和子と類似した不倫と懐妊する設定はフィクションとは言え、やや違和感があります。不遇な子供ほど、人一倍に努力している現実を間々知っているからです。創作活動だからと割切れば、これも“是なり”という事なのでしょう。 ( 以 上 )
- 感想投稿日 : 2021年9月21日
- 読了日 : 2021年9月12日
- 本棚登録日 : 2021年9月12日
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