1.著者;奥田氏は小説家。文章を書くのが得意で、広告のプランニングやメディアの仕事を経験。新人賞をとって作家になる人が多い中で、氏は出版社への持込み、「ウランバーナの森」でデビュー。少年時代は、マンガを好んで読み、歴史本や太宰治・夏目漱石にも目を通しました。”小説は、人をどう楽しませるかが大切で、必要なのはサービス精神”が持論。「空中ブランコ」で直木賞、「オリンピックの身代金」で吉川英治文学賞・・など、多数受賞。映像化されたヒット作も多い。
2.本書;精神科医の伊良部(主人公)の元に来る、精神的な悩みを持つ患者に破天荒な診療を施し、悩みを解決していくという5つの短編。短編は、①空中ブランコ(患者;サーカス団員)、②ハリネズミ(患者;先端恐怖症のヤクザ)、③義父のヅラ(患者;伊良部の同期生)、④ホットコーナー(患者;プロ野球選手)、⑤女流作家(患者;女流作家)。5人の患者は、順調な人生を送っていたが、躓き始め、伊良部と出会う。そして、天真爛漫な伊良部の行動で患者が自分を取戻していく話。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第1話;空中ブランコ』より、「(患者)子供の頃、転校に次ぐ転校の生活だった。新しい友達が出来ても、二カ月で否応なく別れが訪れた。悲しい想いをしたくないので、ある時からバリヤーを張るようになった。新しい付き合いを遠ざけるようになった。・・身内意識が強くなったぶん外に対しての警戒心が敏感になった。たぶん自分は、閉じているのだ。本当は人恋しいくせに、近づこうとしない。友達が増える事に慣れていないのだ」
●感想⇒私は、幼稚園に行かず、祖父母に我が儘に育てられ、小学校の集団生活に馴染めない少年でした。低学年の頃、自分から人に話かけられず、寂しい思いをしました。「人恋しいくせに近づこうとしない」という気持ちは痛いほど分かります。私が変われたのは恩師(女性)のお陰です。先生は、私の長所を見つけ、自信をつけてくれました。頃合いを見て、学級委員にさせられ、対人関係に対する免疫もつけてくれました。悩みは誰にもあります。悩みのある人は、一人で抱え込まないで、解決の糸口を導いてくれる人との出会いがあると良いですね。私は、先生に救われた恩を忘れず、人から相談された時には、本人の悩みをよく聞いてあげます。余計なアドバイスを避け傾聴に徹し、問われた事にだけ答える。本人の立場に配慮しつつ、「余分な事は言わない、押し付けない」がモットーです。私のやり方は生温いかもしれません。本書の精神科医のような真似はとても出来ません。
(2)『第3話;義父のヅラ』より、「(患者)おれは[息子には]雑草の様に逞しく育って欲しい。・・・俺、思うんだけどさあ。体裁を取り繕うって、人生を生きにくくしない?開けっ広げの人間の方が絶対に楽なんじゃない?・・例えばの話。子供の頃からかしこまってばかりいたら、羽目を外せない人間になっちゃうぞ」
●感想⇒「一に勉強二に勉強、三四がなくて五に勉強」という言葉を耳にすることがあります。親は、「我が子に学歴を付けて人並み以上になって欲しい」と願うもので、気持ちはよくわかります。自分を振返ると、塾はソロバン位でした。学校から帰ったら、皆で秘密基地に集合。昆虫採集や川での魚とり・・、自然の中で楽しい時間を過ごしたものです。私は、現在の学歴主義を否定する訳ではありません。子供達には、もう少しだけ自然と接したり、好きな本を読んだり、という自由な時間をあげたら良いのになあと思います。そして、自分なりの夢を描かせてあげたいと思うのです。私は変人なのも。
(3)『第5話;女流作家』より、「“(患者)負けそうになる事は、この先何度もあるだろう。でも、その都度色んな人やものから勇気を貰えばいい。みんな、そうやって、頑張っている”・・人間の宝物は言葉だ。一瞬にして人を立ち直らせてくれるのが、言葉だ。その言葉を扱う仕事に就いた事を、自分は誇りに思う。神様に感謝しょう」
●感想⇒私は人に頼るのが好きでなく、自分の力を信じてきました。しかし、振返れば、独学でも希望大学に入れたのは、受験勉強のコツを教えてくれた、恩師のお陰です。先生は、「科目ごとに名著と言われている受験書を決めて、徹底的にマスターしなさい」と。この助言がなければ、失敗していたでしょう。その後の、会社生活でも、仕事に行き詰った時に、上司や先輩が救ってくれました。「人という字を見なさい、左に立っている人を右の人が支えるんだ」とも教えられました。相互扶助が大切ですね。また、書物からも多くの勇気(言葉)を貰いました。好きな本の文言です。「人間の生き方とは、あくまで一人一人が決めるのである。迷った時には、人生の先輩・先人に学ぶほかない」です。
4.まとめ;正直な所、奇想天外な精神科医の話には少しついていけません。そんな医師がいる訳ないと。しかし、こうしたストーリーを組立てる、奥田さんはどんな頭脳の持ち主か、興味があります。出版社への持込み、なんかすごいですね。氏は、「説明的な小説、説教している小説、自分の事を書いている小説が嫌い」と言います。奥田さんは、計り知れない魅力ある人ですね。(以上)
- 感想投稿日 : 2022年8月22日
- 読了日 : 2022年3月9日
- 本棚登録日 : 2022年3月9日
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