軍靴のバルツァー 2 (BUNCH COMICS)

著者 :
  • 新潮社 (2011年12月9日発売)
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感想 : 37
5

世界で一番美しい生き物を駆るは、同じく麗人。「群」と「軍」の戦い。

一巻で早速、王族を御前にしていきなり鉄火場を潜り抜ける羽目になったバルツァー少佐。
新式銃のデモンストレーションによって、反発する側にその威力と効力を飲み込ませることに成功したものの、今度は想定される反動と想定外の人物の乱入の対処に追われることに。

次なるは、生徒たちにいかにして「敵」を殺させるか、「撃つ側」の恐怖をどう克服させるかという課題に向き合うことになる二巻です。
それと並行して一見平穏なバーゼルラント国内に動乱の兆しが見えつつあります。

根回しもしないまま上からの性急な改革を推し進め、当然ながら反発を喰らう第二王子「ライナー」。
軍事大国への反骨心か、独立保持のための焦りか、その両方か。
結果巻き起こった暴動に対しては、自らの私兵でもある士官学校の生徒たちを用い、殲滅も辞さない強硬な態度を持って臨みます。

対するは第一王子「フランツ」。
弟とは対照的に大時代的過ぎる衣装を身に纏い、言動の端々から懐古主義=徹底した保守主義を感じ取れる、そんな人物です。
現状、両名とも不安要素しか抱えていない困った兄弟ですが、問題なのは兄の方にもバルツァーに伍する実力の(全く信用できない)ブレーンが付いていること。

本作の「トリックスター」にして「ライバル」、「リープクネヒト」の登場です。
主人公バルツァーの親友とうそぶきながら、複数の立場を使い分け、敵か味方かわからない挙動で読者もろとも煙に巻き、騒乱の種を蒔きながら、新時代のグランドデザインを描くためとかほざいてみせる。

はっきり言います。うさんくさいです。すべてを見透かしたような態度が鼻につくというか。
何らかの目標を目指してはいるのですが意図を読ませない動きが言ってはなんですが、気持ち悪いのです。

ところで我々の歴史で音楽家と王族と言えば、楽劇王「リヒャルト・ワーグナー」とバイエルン国王「ルートヴィヒ2世」の関係がまず思い浮かぶでしょうか。
現代では重要な観光資産になり、シンデレラ城のモデルとなったことでも有名な、おとぎ話のお城をそのまま形にしたような夢想の産物「ノイシュヴァンシュタイン城」、それを造らせたことでも有名です。

無論、そのままというわけではないのですがモチーフとしていることにほぼ間違いはないでしょう。
劇中、道楽で国庫を傾けているように見えるのは果たしてどちらやら、ですが。

ところでワーグナーの世界観のバックボーンと言えばやはり「北欧神話」。
同神話で隻眼の神と言えば、一柱しかいないわけで。
国を憂う青年将校によるクーデターを主導しつつもあえて未遂に終わらせ、その渦中で右眼を失ったリープクネヒトと姿がダブります。

……リープクネヒトが本当に破滅の未来を見てしまったのか、我々の歴史を知っているのか、ちとファンタジーな存在の介在を疑ってしまいますね。
なんにしても彼が狂言回しとして物語から一歩引いた位置にいて、策謀を練り話を引っ掻き回す立場にいること、それだけは確かです。

しかし、この漫画のタイトルは「軍靴のバルツァー」。
最後は残酷なリアリズムが決着をつけるそんな物語です。今は忘れましょう。

改めてバルツァー少佐の教え子たちに目を配ると。
軍という集団の基本基礎であり、戦線を担う「歩兵」。
敵を一掃する火力を持つ専門の技術職「砲兵」。
そして機動力と衝撃力で敵の意気を砕き決着をつける「騎兵」。

これら三種の兵科に二人ずつクローズアップされるレギュラー格が配置され、「尖ってる方」&「冴えない方」という形でペアを組んでいるので把握しやすいと思われます。

で、実家のコネと本人の穏やかな性格と技術力が早速目を惹いた砲兵科の「ディーター」など、説明を割いておきたい子も早速出てはいるのですが、やはりここは表紙を飾る騎兵科監督生「ヘルムート」について語っておきたい。

走るために最適化された「馬」は世界で一番美しい生き物という見方も存在し、式典の場でも見目麗しい儀仗騎兵が国家の威風を支えたと聞きます。
まさに「騎兵」は諸兵科の「華」。

けれど、馬は飼うのも描くのもハイコスト。作画労力上、筆者は大変だったと思いますが、描き切っていること、それは保証します。

で、ヘルムートは一巻と比べ、輪郭が柔らかく華奢に描かれているのですが、それもそのはず。
好評につき長期連載継続決定によって本来のプロット通り「女性」として描かれるようになったそうです。

「男装の麗人」ってあまりにもベタと言われそうなものですが、この辺りがロマンとリアルの間でせめぎ合う十巻までの流れに合致しています。
同時に作品を支える「ヒロイン」として一人奮闘している看板役者だったりするのかもしれません。
彼女の活躍についても今後本格的に語られるのですが、この巻で出番がなかったことがの後々効いてくるのはまぁ追々。

で、もうひとつ言っておきたいことを補足しておくと。
本作の群衆は生きているんです。
ゆえに死ぬときは死にます。
劇中を通して四肢や内臓がもげたりといった格別残虐な描写はないんですが、五体を保ったまま撃ち抜かれて物言わぬ骸になり果てる時、その末期の顔が印象に残るのも確か。

作中では名の語られないけれど印象的な顔を持った者が、これまたひとりひとり違った顔を持ち、日常を歩んでいるだけの市井の人たちを死地に誘導していきます。
その点では主人公とぱっと見は同じ穴のムジナに思えてしまうかもしれません。
軍隊を構成する一人一人も結局は同じ、人間です。

けれど、統制された意思を元に銃を取る「軍人」と銃を持っただけの「市民」を分かつものを、語られずとも悟ってしまった者もいました。
そちらもまた私の口から語るのは野暮でしょう、実際の本編でお確かめください。

最後に、命を賭すに値する意気を「士気」と解釈するならば「モラル(morale)」と訳されます。
これは倫理を意味するほぼ同音の「moral」とは似て非なるモノなのですが、果たして誰が何のために命を賭けるに値するものを見つけられるか? それを語る日をいつか楽しみに待ちつつ、願わくば三巻のレビューでお会いしましょう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: Military
感想投稿日 : 2019年3月18日
読了日 : 2014年2月10日
本棚登録日 : 2013年4月10日

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