私とマリオ・ジャコメッリ: 〈生〉と〈死〉のあわいを見つめて

著者 :
  • NHK出版 (2009年5月1日発売)
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本棚登録 : 102
感想 : 13
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本を読んでいて気になる箇所があると、僕は付箋をつける。後から探しやすくするためだ。先ほど読み終わった本は、付箋だらけになった。ほとんどのページに付箋をつけてしまったのだ。それは「私とマリオ・ジャコメッリ <生>と<死>のあわいを見つめて 辺見庸」と言う本だ。

ジャコメッリのモノクロームな作品と辺見庸の言葉が相乗効果を生み出し、この本の中に意識が埋没してしまうのだ。まさに「眠っていた記憶の繊毛たちがいっせいにざわざわと動きだし、見る者はいつしか、語ろうとして語りえない夢幻の世界への回廊を夢遊病者のようにあるいている(P10)」そんなジャコメッリの世界と、鋭利な刃物でのど元を撫でられるような辺見庸の言葉に、仙骨から脳髄へ突き抜けるような快感が走る。

ジャコメッリに対する辺見庸のなりの解(ほど)きかたがカッコ良すぎるのである。
「<記憶の原色>は色を超えたモノクロームである。」
「モノクロームは<想像への入口>であり、それに着色するのはわれわれの内的な作業である。」
「かれは頑固なまでにモノクロームにこだわり、白と黒の世界に「時間と死」を閉じこめつづけ、そうすることで「時間と死」を想像し思弁する自由をたもちつづけた。」
「かれは私に現世とのうじゃけた馴れあいを断つようにもとめる。<黙(もだ)せ>と無言で命じるのだ。」

紹介したいのはいろいろあるのだが、次の文章が好きだ。ある作家がシャッター音を、死んだ小鳥が水に落ちたような音と表現していることに対して、「ジャコッメリの映像を眼にするときはいつもそうした音が耳の底にわく。水とはひとのいない山奥の湖かもしれない。そこに息たえた小鳥が空から垂直に落下し、湖面を打つかすかな音がして、同時に、一閃の記憶が水面に結像する。ジャコメッリの映像はそうやって生まれてくる、と私は根拠もなく信じている。」と書いている。

年末の気忙しい時期なのに、この本をひとたび読み始めると、少しだけ異世界に迷い込むような錯覚がするほどそんな不思議な本だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: アート
感想投稿日 : 2010年1月20日
読了日 : 2009年12月30日
本棚登録日 : 2009年12月30日

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