スウィングしなけりゃ意味がない (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2019年5月24日発売)
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ヨーロッパの覇者になれると愚かにも信じて戦場を邁進し、学生志願兵たちが突撃の果てに全滅したランゲマルクの戦いですら愚かしい。ここは「おバカの帝国」なのだ――。
1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社の経営者を父親に持つ御曹司、15歳のエディ。独裁政権にも優生思想にも、ユーゲントの制服にも冷めた眼差しを向ける彼が熱狂するのはスウィング(ジャズ)。
天才的なピアノの才能を持つ、1/8ユダヤ人のマックス。ユーゲントのスパイ、クー。卓越したクラリネット奏者で恋人のアディ。ナチスに尻を捲り、最高の仲間たちと最高にいい格好をして道楽に耽るやりたい放題の青春。
戦争が始まってスウィングが退廃音楽から敵性音楽になり、禁じられてからは、防空壕代わりの地下室を占拠して裏庭でパーティ三昧。19歳になっても戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段ならいくらでもある。レコードがなくなれば仲間たちとラジオから録音し、量産して闇で売りさばき利益を上げる。一部の者はUボート(地下に潜る)し、一部の者は表向き完璧なドイツ市民として振る舞い……そんな終わらない夏のような享楽に満ちた日々にも、逃れようのない戦火が迫る。

――誰にでも永遠に手の届きそうな瞬間はある。――不思議なことに、誰もその瞬間に留まろうとはしないが。

しかし弾圧が迫り、刑務所にぶち込まれ、街が焦土と化しても、なにものも彼らから音楽を奪うことはできないのだ。彼らは叫ぶ。
「スウィングしねえんじゃ意味がねえんだよおおお」


1993年制作の『スウィング・キッズ』という映画がある。本書と同じようにナチス政権下で敵性音楽と見做され禁じられたスウィング・ジャズを愛したハンブルクの少年たちが主人公で、「引き裂かれた青春」という副題のとおり、思想や戦火の中で少年たちの友情が無残に引き裂かれていく有様を痛切に描いた作品だった。
だからこの本を読もうとした時は、ちょっと覚悟した。辛いラストシーンが待っているのではないかと。結論を言ってしまうとそんな心配はなかった。佐藤作品のスウィング・ボーイズ&ガールズたちは実に太々しくずる賢く、要領よく外面もよく、スウィングを捨てることも奪われることもなく生き延びていく。決して無傷ではいられず、時に大きな代償を払い、時に喪失もあるけれど。それでも誰も、彼らから音楽を奪うことはできなかった。
巻末の『跛行の帝国』にあるとおり、彼らは実在した。エディたちのように生き延びた子たちもいれば、自ら命を絶ったり、収容所での過酷な生活や前線のただ中で死んでいった子たちもいただろう。そしてスウィングを捨てて大人になっていった子たちも。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 作家名:さ行(その他)
感想投稿日 : 2022年5月15日
本棚登録日 : 2022年5月15日

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