血の味 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2003年2月28日発売)
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血の味

著者:沢木耕太郎
発行:2003年3月1日
初出:「血の味」(2000年10月、新潮社)*純文学書下ろし特別作品として刊行

沢木耕太郎はノンフィクション界のスターライターだが、小説家としても人気。ノンフィクションだと思いがちの代表作「深夜特急」も、実は小説である。本書は何かの本の解説のような文章で知った作品。本書の解説によると、1985年に書き始め、90年頃には9割方書き終わっていた。しかし、刊行にはそれから10年を要したという。なお、最初の深夜特急が出たのが1986年。解説を読んでも、モデルのある小説ではないようだ。

主人公の石井徹は、中学3年生の時に殺人を犯し、少年院に入った。刃渡りわずか8.7センチの折りたたみ式ナイフだったが、胸をひとつきで骨と骨の間を見事に抜けて、心臓にまで達し、人を殺した。誰を、どういう経緯で殺したのか、それから300ページほど費やして描かれるが、結局、最後までなぜ彼が被害者を殺してしまったのか、よく分からない。殺した理由は語られていくが、対象がなぜその人だったのかは、読者にはよく分からない。

父親と2人暮らしの少年。野球をしていたが、中2の時に陸上部の先生から大会に出てくれと頼まれて出たところ、非常に良い成績を残したので陸上部へ。勉強のレベルは低いがスポーツでは名門の高校から推薦入学の話が来て、入学金が免除されるのでそこへ行くことに。走り幅跳びで活躍していた。しかし、3年生の時に元オリンピック選手から特別コーチを受けている際、中学記録に近いような距離を練習中にマークしたものの、その跳躍中にこのままだと「戻れなくなる」と感じて陸上をやめた。

別の世界へ行って戻れない、というような感覚がこの小説のテーマ。

父親は帰宅すると読書ばかりをしていたが、古本以外にも、黒い革の本を読んでいた。そこには意味不明の図形のような文字が並んでいた。徹は一度、ガイジンだろ、と友達からいわれたことがあった。父親は鼻筋が通っていて、外国人だと言われたら通らなくもないとも思った。

父親と母親は仲がよかったが、一度だけ口論を聞いたことがあった。他の家族なら口論というほどでもない程度の言い合いだった。母親が父親に対して「あそこ」へ戻るべきだ、と繰り返し説得していたのである。父親は拒否。戻れない、自分は本来死ぬべきだったんだ、というようなことを言っていた。それから2年後、母親は徹の妹を連れて出て行った。徹にも一緒に行くわよと言ったが、徹はなんとなく残ってしまった。父親を1人で置いておくべきではないだろうと感じたからだった。

徹は毎日、銭湯へ行った。陸上をやめてしまい、私立高校への推薦を辞退し、公立高校への受験勉強のため、入湯時間はだんだん遅くなったが、ある夜、女装をした男性と知り合いになった。話しかけられてもあまりまともに答えなかったが、どんどん話しかけられ、背中を流してやるといわれ、拒否できなくなり、やがてその男の住まいへも訪ねる。どうやら、化粧をして駅前でサンドイッチマンをして暮らしているという。そんなある日、部屋で迫られてしまう。徹は怒り、拒否する。そして、後日、ナイフで刺してしまう。

ナイフは、以前に父親からもらっていたもので、目立てはしていなかったが、男に迫られて立腹し、父親が経営する小さな工場で砥石を使って刃をつけた。そして、その男を刺しにいく。2、3か所刺してナイフをそのままにして逃げたが、警察は来ず、新聞沙汰にもならなかった。そのうち、その男がどうなったのかが気になって、以前にサンドイッチマンをしていたエリアを伺った。すると、後ろからその男が現れた。生きていた。そして、また部屋に誘われる。ナイフを返すという。部屋で返してもらうが、今度こそ殺そう、男の方も「ちゃんと殺してくれ」と言うが、結局、殺さなかった。

そして、家に戻ると、父親をそのナイフで刺して殺す。

逮捕されたが、彼自身にも殺人の動機が分からなかった。やっと分かったのは、少年院を出て、篤志家のつてで公認会計士事務所にて雑用働きをし、二部の国立大学にいって、税理士、さらに公認会計士にまで合格して、30歳で結婚、娘も成長したが離婚することになった、そんな時だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年1月25日
読了日 : 2024年1月25日
本棚登録日 : 2024年1月25日

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