ふらんす物語 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1951年7月5日発売)
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当時、刊行直前に発禁処分になったということで気になって読了。外遊の収穫で彼の青春を記念する作品、帰朝の直後明治四十一年終わりから四十二年正月にかけて雑誌発表。当時自然主義全盛期の文学界に対する異国趣味と新鮮な近代感覚、同時代の日本文化に対する批判家としての新しさがあったと解説されている。
アメリカ滞在後紐育を出航して仏蘭西のル・アーヴル港についたときの期待感が伝わる文体から始まる。
「無数の信天翁が消えゆく黄昏の光の中に木葉の如く飛交う。遠い沖合には汽船の黒烟が一筋二筋と、長く尾を引いて漂っているのが見える。どうしても陸地へ近いてきたと云う気がすると同時に、海の水までが非常に優しく人馴れて来たように見え初めた。」
夢と現実の景色か判別つかないという『船と車』、黄昏の色合いの美しさ『ローン河のほとり』、木の葉の散る様子と燈火との対比の物の哀れ『秋のちまた』、巴里の女性と日本人(黒田清輝がモデル?)との恋愛話をカッフェエで傾聴『おもかげ』、経験は尊き事実、リヨンでの女性に対する嫉妬にかられた行動を茶目っ気交えてかたる『祭りの夜がたり』、「フランス!ああフランス!自分は中学校で初めて世界歴史を学んだ時から子供心に理由もなくフランスが好きになった」「一語でも二語でも自分はフランス語を口にする時無上の愉快を覚える」と語り、巴里を離れることになってとどまりたい思いを連ねる『巴里のわかれ』、「かの仏蘭西ならば夏の中は九時ちかくまでもつづく幽暗美妙な黄昏も、この砂漠の海にあっては、夕陽は殆どその余光を止める暇がないので夜は唐突に非常な勢で下りて来るのである。」『ポートセット』、「ああ、われは如何にこのマロニエーを愛せしか」「忘れがたき記念は一ツとしてこのマロニエーの木陰に造られざるはなし。」マロニエ賛美の文章が続く『橡の落葉の序』など。(マロニエはフランス語名、正式にはセイヨウトチノキというらしい)美しく流れるような日本語で仏蘭西への思慕を体感できる。語学が堪能でないとここまで楽しめないのではと思うくらい現地の方との自然な交流には驚かされる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 永井荷風
感想投稿日 : 2023年5月28日
読了日 : 2023年5月28日
本棚登録日 : 2023年5月28日

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