命もいらず名もいらず 下 明治篇 (集英社文庫)

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  • 集英社 (2013年5月17日発売)
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山岡鉄太郎の話だ。
鉄太郎は、まっすぐだ。まさに、鉄のごとくに強靭で、意志が強く、そして素直である。
そもそも人の間に垣根はない。垣根を作るのは自分で、また、壊すのも自分だ。垣根と思えば垣根、石の壁と思えば石の壁、何もない野原と思って進めばよいのだ。北辰一刀流の玄武館があるお玉が池に行くのをためらっていた山岡に剣の師である井上清虎が言った。
山岡は、自分を戒めるために20ヶ条の教を書いている。その最後に、自分の心に恥じるかどうかだけが生きる規準である、と締め括っている。
大勢の見物人が押し寄せる名所の桜などちっともありがたくない。たとえ、人に知られずとも、ひっそり咲いている山桜の方が気高く美しい。そんな心持ちの山岡だ。大事に臨んで、何より大切なのは、冷静沈着な心である。
名を揚げるのは所詮、他人の評判を気にすることであろう。そんなものにこだわっていては、人間の器が小さく縮こまってしまう。大事なのは他人の評判ではなく、自分の信の気持ちだ。どこまでも本気であれば、他人がなんと批判しようと、春風のように聞き流すことができる。そう思っていた。
自分のためになり、人のためになることをせよ。それが、山岡の父の遺言だった。自分を捨てきって他人のために生きるのは難しい。だから、とことん本気で、自分のためになって、なお、他人のためになることを行う山岡だった。名を惜しんで死んでみせて満足なのは当の本人だけだろう。死ぬのは簡単。しかし、死に急ぐのは愚の骨頂だ。汚名を着て生きてやり抜くのは辛い。どちらが本当の武士の道か。浪士を束ねる役になった清川、山岡は、命も捨て、名も捨て、最後まで役目を果たすと心に決めたのだ。名を惜しむというのは、武士として悪いことではないが、名を惜しまない、という心を聞くと、そちらの方が、心のありようとしては遥かに潔い気がする。名などいらぬ、と思えば、ありとあらゆる呪縛から解放されて、自由に、ただ目的に向かって突進できる気がするのだ。
ただ、その時、その場で全力を尽くす。それだけが、山岡の信条であり、思想である。凄まじい生涯、まさにその言葉がぴったりの山岡鉄舟だった。
全二巻

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本史
感想投稿日 : 2019年11月12日
読了日 : 2019年11月16日
本棚登録日 : 2019年11月12日

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