黒衣の宰相 (文春文庫 ひ 15-1)

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  • 文藝春秋 (2004年8月3日発売)
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徳川家康の右腕となり、黒衣の宰相と呼ばれた金地院崇伝の物語である。崇伝は京都の名刹、瑞竜山南禅寺の禅僧であった。崇伝は武門有数の名家に生まれた。室町幕府で四職と呼ばれた名門、赤松、一色、京極、山名のうち、一色の血を引いている。しかし、室町幕府の衰退に伴い、名門一色氏も昔の力を失った。崇伝の父、一色秀勝は、室町幕府の最後の将軍、足利義昭に仕えていたが、義昭が織田信長と対立し、京を追われて室町幕府は滅び、崇伝の父、秀勝もまた、京から逃亡した。崇伝は、当時5歳であり、南禅寺に入ったのはこの時である。

いかに名家であっても、過去の権威にすがっていては、厳しい戦国の世を生き抜くことは出来ない。崇伝の青春期、世の中は、信長から秀吉に移り、覇業は固まりつつあった。これからの世の中で、力とはすなわち智恵だ。日本一の学生となり、学をもって世に出る、それが若き崇伝の志であった。

崇伝は、その志を胸に、学に打ち込み、学識が高く買われて、若くして南禅寺の中枢にのし上がってくる。当時の南禅寺の長老に玄圃霊三がいたが、その下で海外の国々との文書のやり取りに携わるようになる。そんな中で、秀吉の外交を知り、遠からず豊臣政権は潰れるのではないかと読んだ。将来への展望の無い外征を行い、いたずらに国力を浪費する政権に未来は無い。

そのような折、徳川家康の側近の板倉勝重に見初められ、家康配下に誘いが来るが、今は自分の能力を高める時期だと考え、その誘いを拒み、一心に外交について学ぶ。

しかし、秀吉が他界するに伴い、外交も家康が差配するようになり、玄圃も家康に仕えようとするが、老齢ということもあり、崇伝にその役が回ってきた。世に出るまたとないチャンスを活かし、満を持して崇伝は登場する。

崇伝はその後、オランダ国籍のリーフデ号の漂着の処理をしたり、徳川幕府の開設のため、京の公家に働きかけをしたり、その才を如何なく発揮する。それが認められ、崇伝は若干37歳という若さで、南禅寺の住職となり、自分の塔頭として金地院を持つことになった。

その後も、崇伝は家康を陰で支え、影がゆえに、世の中からは陰口をたたかれた。それは、京での公家への締め付けや、切支丹禁教令や伴天連追放令の発布も大きく影響しているだろう。大名の生き死には崇伝の胸三寸にあるとまで言われた。

崇伝が悪と言われることに、豊臣を葬ったことがあげられるだろう。例の、方広寺の梵鐘事件がそれである。国家安康、君臣豊楽の文字を家康という文字を分断し、豊臣楽しむとあると解釈し、豊臣の呪詛・謀反を言い立て、わざと戦がはじまるように仕向けたことだ。ただ、それは単に豊臣を葬るだけの目的ではなく、崇伝は大きな志があった。泰平の世を築くため、戦になる不安の種は根絶やしにし、天下のおおもととなる規範を作ることだ。武家の有りようを定める、武家諸法度、天皇・公家の行動規範を記した禁中並公家諸法度により公家の政治介入を阻止しいたずらな世の混乱を避け、諸宗諸本山法度により諸宗の本山の上に幕府の寺社奉行が君臨し、その命令が末寺まで及ぶようにし、寺社勢力の台頭による世の乱れを阻止した。これにより、信長でさえ手を焼いた中世以来の権威である、朝廷、寺社は完全に幕府の統制下におかれた。秀吉のカリスマ性に頼った豊臣政権の失敗に学び、個人のカリスマ性ではなく、”法”によって統制される法治国家作りをめざした。定まった法があることにより秩序が保たれ、国は国として成り立ってゆく。崇伝は、一つの国の形を作り上げたといってよい。

著書の中では、ところどころで沢庵との絡みがある。崇伝は沢庵のような人の欲望を忌避するのは違うと主張する。そもそも人というものは善と悪のないまぜによって成り立っている。この世の中も、善と悪が交じり合いながら進んでゆくものだ。何かを成そうと思えば必ず手は汚れる。汚れねば何も成せぬ。それを修羅の道と呼ぶならそれでよく、自分はその道を歩み、天下に争いの無い世を築くのだと。常に泥水をかぶらぬ所に身をおいてきた沢庵のような男に負けるわけにはいかないと、会うたびに感じるのであった。内乱の世に再び逆戻りさせぬように、幕府の法が絶対であることを天下万民に示すため、自分は一切の情を押し殺し、天下の秩序を築くのだと。そんな崇伝は徳川300年の泰平の世を築き、65歳で亡くなった。近年では、そんな徳川300年の泰平の世を、パクス・トクガワーナ(徳川の平和)と称され、海外の研究者の間で評価が高まっている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本史
感想投稿日 : 2012年10月20日
読了日 : 2012年10月20日
本棚登録日 : 2012年10月20日

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