(030)影 (百年文庫)

  • ポプラ社 (2010年10月12日発売)
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感想 : 17
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「菊の香り」
旦那の死によって、今までの心の通っていない生活を思い知るなんて、なんて侘しいことだろう。
生活の当たり前さに飲まれて、お互いがちゃんと向かい合えていないのだろう。
でも、夫の帰りが遅かったら腹も立つし、心配もするよね。
エリザベスは取り立てて薄情な妻ということもない。
ごく普通の一般的な妻だろう。
だからこそ、私も、相方のことを分かったつもりになっていて大切にし切れていないのかもしれない、と疑う必要があるのかもしれない。

「とおぼえ」
何?
どういうこと?
この主人公のお客さんは、幽霊だったってこと?
文章全体に異界の空気が漂っている。
薄気味悪い、おばけの世界に現実が飲み込まれているかのような、そんな夜。
うまいなあ。
上手に空気を作っているなあ。
この、わからなさが、異界感たっぷりだと思う。
会話もいまいちかみあっておらず、ずれている。
そこもなんだか気味悪い。
幽霊の存在を受け入れているかのような店の亭主も、気味悪い。
この、混乱加減が、理解のできない世界とシンクロしている。

「冬の日」
抜き差しならぬ不適切な関係。
それを断ち切り、愛する孫との決別を覚悟した登利の苦しみはいかほどだったろうか。
梔子の実。
そこに込められた誓い。
そして、元日の夕日と、ひびのはいった鏡餅。
人生の一つの時期が終わってゆくことが、実にはっきりと示されている。
そして、まだ内にあふれている生命力を、持て余しているかのような登利のしなやかな姿。
まだまだ、人生は終わらない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 9・文学
感想投稿日 : 2019年6月26日
読了日 : 2019年6月28日
本棚登録日 : 2019年6月23日

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