犬たちの明治維新 ポチの誕生

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  • 草思社 (2014年7月19日発売)
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黒船の来航から、激動の近代を迎える日本。時代の波に呑まれたのは、なにも人だけではなかった。かねてから人の身近にあった犬たちもまた、激流の只中に投げ込まれた。洋犬の移入に、狂犬病の蔓延、そして、戦争。今も身近にある犬たちだが、振り返ってみれば、もともと日本にいた犬の、そのほとんどが、すでに姿を消してしまっているという。いったい、何が起きたのか。あらためて、犬たちの辿った明治維新を追ってみたい。

近代になるまで、日本に「飼い犬」はいなかったという。そこかしこの犬は、村の犬、町の犬であり、誰か決まった「飼い主」がいたわけではなかった。もし「飼い主」がいたとしても、放し飼いであったから、他の犬と大差は無かったという。犬たちは、長屋の軒下や、神社の床下に住み着いて餌をもらい、代わりに不審者を吠え立て、子供たちの遊び相手をした。犬たちは「飼う」ものではなく、「共に生きる」ものたちであった。

そこへ、開国から多くの欧米人と共に、洋犬がやってくる。人の顔を舐め、芸をこなすその愛想は、当時の日本人をひどく驚かせたという。ましてや、一匹一匹、犬に値段があるなど、とても考えられないことだった。犬は誰かの所有物ではなかったし、お金で交換するような価値ではなかった。(例外として座敷犬「狆」がいる。これは贈答用で、ペリーにも贈られた)。欧米化の盛り上がりで、洋犬を「飼う」ことがステイタスになると、もといた和犬は、心ならずも軽んじられるようになった。

また、船に乗ってやってきたのは人と犬だけではなかった。すでにそれ以前より、狂犬病の侵入はあったが、開国による往来の増加が、さらなる感染の拡大と、被害の深刻を招いた。効果的な予防法が無い当時にあって、犬の管理を急いだ政府は、明治6年、「畜犬規則」を定めた。これは、市中の犬を「飼い犬」と「無主の犬」に分け、後者を殺処分する決定であった。和犬は為す術もなく、たまたま「飼い犬」になれたものの他は、「無主の犬」として追われることとなった。

この「畜犬規則」は、狂犬病対策というより、人と犬の関係を欧米化するのに決定的な役割を果たした。犬には「飼い主」が必要となり、人と犬の関係は、「飼い主」と「飼い犬」という、「個」と「個」の関係になった。象徴的なこととして、犬の名前の変化があげられる。それまで、シロ、クロ、デカ、チビなど、毛色や見た目で分かる共通のものだったのが、ポチ、マル、ジョン、ベスなど、個別のものになった。本書の副題「ポチの誕生」とは、人と犬の近代化のことであった。

さて、新しく日本人に連れ添った洋犬だったが、その後蜜月が過ぎたわけではなかった。高価で買い求められた洋犬も、相変わらずの放し飼いであった。狂犬病の流行は続き、殺処分されるものが後を絶たなかった。また、洋犬、和犬問わず混血し、雑種化が進んだが、そうなるともう、かつての純血の洋犬のようには持て囃されなくなった。そのまま「無主の犬」化(人々はそれを野良犬と呼んだ。)するものも少なくなく、明治の終わりには、日本に住む犬たちのほとんどが和洋雑種になったという。まことに人の勝手であった。

犬たちの受難の最もたるは、戦争の激化による供出であった。物資の不足するにつれ、兵士の毛皮にするため、全国から犬が集められた。昭和になって国の天然記念物に指定された6犬種(秋田犬、甲斐犬、紀州犬、柴犬、四国犬、北海道犬)以外は、洋犬、雑種、根こそぎであったという。わずかに残っていた他の和犬も、それで失われたとされる。(上野の西郷像が連れているのは薩摩犬だが、おそらくこれもその一例であった。)さらには、集められた犬たちの、殺されるだけで、毛皮にもならなかったのが大多数であったという。飼い犬に手を噛まれるとは、いったいどちらの言い草であったか。

「ポチ ハ スナホナ
 イヌ ナリ。
 ポチ ヨ、コイコイ、
 ダンゴ ヲ ヤル ゾ。
 パン モ ヤル ゾ。」
 『読書(よみかき)入門』明治19年の教科書より

「人と同じように、日本の犬たちにも開国があり、幕末があり、明治維新があり、文明開化があった。しかし、犬の歴史は、人の歴史の中に埋没し、犬が激動の時代をどのように生きてきたのか、顧みられることもなかった。埋没した犬の歴史をいつか世の中に出してみたい、と思いながらずっと史料調べを続けてきた。 <中略> (ついでに猫の史料も探してきたが、猫の方はすぐに化けたり、崇ったりして、暮らしぶりがわかるいい史料が少ない)。」
↑猫すごく気になります。

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感想投稿日 : 2020年5月22日
読了日 : -
本棚登録日 : 2020年5月11日

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