海の志願兵 佐藤完一の伝記

著者 :
  • 偕成社 (2010年6月10日発売)
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感想 : 7
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佐藤さとる氏による父親完一氏の伝記。

さとる氏マイナスファンタジー、の本、ということで、ほかの作品とは作風がガラッと変わっている。
正直、さとる氏の作品の魅力とは、豊かな創造性と物語の構成のすばらしさだと思っているので、そのいずれも含まれない今回の作品は、物足りない気もする(さとる氏の父上だと知らなかったら読まなかったかも)。それでいて、やはり語り口は滑らかで読みやすく、最後のシーンに自分を登場させ、あとがきでそれが自身の最初の記録であることをポツリと述べるところはやはりさすがだと思う。史実が十分でないため、「20パーセントはフィクション」と述べているが、逆に現実の抜けた穴を想像で埋める(なおかつ現実であるように語る)、という作業は並大抵のものでないと想像する。それだけ、時間もかかっただろうし、非常に丁寧に書かれている印象を受ける。

これを読んで、再度「わんぱく天国」→「誰も知らない小さな国」と読んでいくと、父から子への家族の歴史のようなものが見えてくる。わんぱく天国に出てくる横須賀の町の様子や、震災で崩れた崖の描写なども、完一氏が海軍の兵士として赴任してくる場面に語られており、つながりが見えて面白い。カオルの父親が海軍にいて、カオルも海洋少年団に入っているのだが、このエピソードの影に完一氏を見ることができると、カオル=さとる氏の、誇らしげな様子もより鮮明になる。そして、せいたかさんが成長する過程で、父が戦死したことがほんのちょっと語られ、若くして一家を支えることになったせいたかさんのもとに、コロボックルが現れるわけだが、さとる氏自身のつらい青年時代、空想し、物語を書くということが、戦争の傷から立ち直る術だったのかとおもわせる。

さて、本の内容の方は、明治から大正にかけての日本の状況、特に、太平洋戦争前の軍隊の内情がわかって興味深かった。厳しい軍規の下で、上司への絶対服従を強いられていたのかと思いきや、意外と人情味あふれる上司の様子や、軍隊の中で勉学に励む青年たちの姿など、今の時代の人間から見ると窮屈そうな一方高尚な雰囲気が伝わる。20代そこそこの青年たちなのだということを思えば、尊敬の念はさらに増す。こういう人たちが現代日本を形作っていき、尊い命を落としたのだ、ということ、しっかり踏まえて後世にも伝えたい。

私の持っている30年前の「わんぱく天国」の版のあとがきに、長崎源之助氏が「いつか父上のことも」と述べている。父上に対し、父上を知る人に対し、そしてさとる氏の文学を愛する私たちに、さとる氏自身だけが長年守り続けてきた父上の思い出を共有するために書かれた本なのだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 和書
感想投稿日 : 2010年8月29日
読了日 : 2010年8月29日
本棚登録日 : 2010年8月29日

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