書き出しがあまりに有名な、幕末から明治にかけての馬籠宿を舞台にした島崎藤村の小説。なんとなく森鷗外「舞姫」のような文体を想像していたので、意外と読みやすくてビックリした。さて、本作の主人公・青山半蔵は、本陣の当主であり、参覲交代や長州征伐などさまざまなできごとを通して、激動の時代を描き出している。幕末を舞台にした小説ではやれ坂本龍馬だのやれ勝海舟だのといった志士たちがとかく主人公になりがちであるから、フィクションとはいえ、こういう田舎のいち宿場町を通してこの時代を見つめるということが非常に新鮮で興味深かった。また、この時代に順応しようとする一方で、昔から信奉する国学に固執し、時代に抗おうともする半蔵のアンビヴァレントな感じも興味深かった。そして、なんといってもその怒濤の展開。時代が時代であるだけに、淡淡と日常を描くだけでも十分に物語になるはずであるが、やはり文学史上に残り続けているだけあって、それだけでは終わらない。自殺未遂やら発狂やら、後半には昼ドラも真っ青のエピソードが続く。まったく想像もしていなかったのでビックリしたが、そもそもこの内容でこの結末になると予想できる人がいるであろうか。半蔵は藤村の父・正樹がモデルのようだが、藤村本人も姪との関係をめぐって問題になったのは有名な話。半蔵=正樹の晩年の様子を見ていると、「血は争えない」ということがよくわかる。全篇を通してとにかく揺れ動く感情、揺れ動く時代、揺れ動く馬籠が巧みに表現されていて、しかもおもしろさも持ち合わせた、紛うことなき傑作である。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
未設定
- 感想投稿日 : 2022年9月18日
- 読了日 : 2022年5月29日
- 本棚登録日 : 2013年1月10日
みんなの感想をみる