ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

制作 : 鼓直 
  • 河出書房新社 (2017年9月5日発売)
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本棚登録 : 227
感想 : 17
5

ラテンアメリカ諸国の短編集。題名は怪談集になっているけれど、怖いといよりも奇妙な感じで、奇譚集という感じ。
巻末の編者あとがきでは、鼓直さんによる収録の作者たちの「冥界の座談会」となっている。
作家たちは「死者の我々ほどラテンアメリカ怪談を語るのにふさわしい者はいないでしょう」と快く、ラテンアメリカの怪談(幻想文学)について語ってくれている(笑)。
ルゴネスが始まりとなりラ・プラタ河地域の幻想文学が始まり、ボルヘスに継がれ、ボルヘスを取り巻き広がっていった。
キューバのカルペンティエル(この短編には収録されていないが)が亡命中にシュルレアリストと親交を結び、シュールレアリスムの「驚異的なもの」とは、自分たちの大陸には自然や生活のなかに普通にあるよってことで「驚異的現実」⇒「魔術的リアリズム」となっていった(カルペンティエル「この世の王国」の序文にも書かれていますね)話。
宗教や神話や伝説や習俗が色濃く出るアストゥリアス、東洋哲学・宗教をもとに宇宙と生のあり方を巡るオクタビオ・パス、彼らを源流としてラテンアメリカ文学の精神と手法が各地に広がっていた。…という幻の座談会。


【「火の雨」レオポルド・ルゴネス(アルゼンチン)】
ゴモラの亡者を呼び寄せる。ー汝らの天を鐵の如くに為し汝らの地を銅の如くに為さんー レビ記二六・一九
ある日突然火の雨が降ってきた街。人々は逃げ、街は滅び、動物たちは水を求める。一人生き残った語り手も…

【「彼方で」オラシオ・キローガ(ウルグアイ)】
交際を反対された若い恋人は共に毒を飲んだ。魂だけになりこの世に留まった彼らは夜ごとの逢瀬に幸せを感じる。だが肉体を失った愛の行く先は、もう一度死ぬことだけだった。
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キローガの書く生命は手から抜けてゆく感じがする。作者自身の周りには本人を含めて不幸な死や自殺者が多いせいだろうか。

【「円環の廃墟」ホルヘ・ルイス・ボルヘス(アルゼンチン)】
夢によって一人の人間を生み出した男が、自分も夢によって生み出されたのだと悟る話。
夢はボルヘスのお気に入りのテーマの一つ。
<安らぎと、屈辱と、恐怖とを感じながら彼は、己もまた幻にすぎないと、他者がそれを夢見ているのだと悟った。P50>
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この短編集のなかにあると、ボルヘスがわかりやすく感じてしまう笑

【「リダ・サルの鏡」ミゲル・アルトゥリアス(グアテマラ)】
リダ・サルは愛しい男を振り向かせる恋のおまじないを実施する。相手の服を着る。そしてその姿で鏡に全身を写さなければいけない。そんな大きなカギ身など持ってはいない。そこでリダは森へ行き…

【「ポルフィリア・ベルナルの日記」ビクトリア・オカンポ(アルゼンチン)】
アントニア・フィールディング(30歳)は、ベルナル夫人に娘のポルフィリア(8歳)の家庭教師に雇われる。
ポルフィリアは、ぜひ読んでほしいと言って日記を渡してくる。しかしそこには、書いた日よりは先の日のことが書かれている。そしてそれは現実となっているのだ。
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すみません、よくわかりませんでした。(-_-;)
ポルフィニアは、フィールディングに「私日記を書いたから読んで!」と渡されるが、中身はフィールディングを邪悪でふしだらな女だとして書いていて…
本人の悪口を本人に読ませる小娘ポルフィニア。そのポルフィニアが書いた自分への悪口を淡々と読んで語るアントニア。両方心理がわからん!ポルフィニアも大概だが、もしポルフィニアが書いていることが事実だとしたらアントニアも相当なもんだよ。
二人のうちどちらかが信頼できるのか、二人とも信頼できないのか、いったいどういうものなんだか安定のないお話。(二人とも信頼できるということはなさそう)

【「吸血鬼」ムヒカ=ライネス(アルゼンチン)】
国王の親族でもあるザッポ十五世フォン・フォルブス老男爵に残されたのは、老朽化した屋敷と城だけだった。ザッポ男爵はその外見から吸血鬼と呼ばれていた。彼は本当に皆が思う吸血鬼そのものだったのだ。
映画会社がそんなザッポ男爵の城と屋敷と彼自身に目をつける。そしてザッポ男爵を主人公にした吸血鬼映画の撮影が始まった。しばらくすると出演者や関係者の首筋に傷ができ、だんだん無気力になっていった。
明敏なる読者なら、ザッポ男爵が本当に吸血鬼そのものだってお気づきになったことだろう。
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ちょっと面白い(笑)。本物の吸血鬼に吸血鬼役を奪いあう役者(ルーポ・ベルーシという役者なんだが、ベラ・ルゴシがモデルかな?)、大金がもらえるんなら私も映画に出してよという周りの貴族たち、どうして私は噛まれないの−と嫉妬する女性脚本家。吸血鬼物なのに経済に振り回されている人間や吸血鬼もちょっと笑える。

【「魔法の書」アンデルソン=インベル(アルゼンチン)】
古本屋で見つけた本は、全く意味をなさないアルファベットの羅列だった。だが1ページ目の1文字目である”L”から一文字一文字追ってゆくと、まるで解きほぐされるように意味のわかる言語となる。
書き手は聖書の”さまよえるユダヤ人”だという。<読者よ、旅の仲間よ、あなたはどこまで渡しについてこられるだろうか。あなたの目の前にあるのは、終わりのない物語である。いくら読み続けても、この本を終えるまでにあなたは死んでいるだろう>
それは英語だと思えば英語になり、スペイン語だと思えばスペイン語になり、フランス語だと思えばフランス語になる。
対して長くもない書物の1ページ目から最後のページまで読み終えた!…と思ったら、また最初のページに戻るように指示されている。驚いたことに、最初のページははじめに読んだときと違い、最後のページの続きになった。
一度目を離せば言葉は意味のないアルファベットの羅列に戻ってしまう。そうなったら最初の”L”から読み直さなければならない。だが二度目に読んだら、一度目に読んだ時と内容が変わっているではないか。

この本は、読まれると同時に書かれているのだろうか。きっと神が人間を見るのもこのような形であるかと思う。そしてこの本を書いているのは私自身なのかもしれない。
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永遠に続く書物というのは、ボルヘスの「砂の本」なんかもありますね。

【「断頭遊戯」ホセ・レサマ=リマ(キューバ)】
幻術士ワン・ルンは、人の首を切りまた戻すという芸を持っていた。時の皇帝は后のソー・リンの首を切り戻すことを命じる。宮廷の陰謀を悟ったソー・リンは、幻術士とともに宮廷を逃げ出す。
やがてソー・リンは、皇帝に反逆を仕掛ける盗賊の頭の愛人となった。
数年後、盗賊は皇帝の都を攻め、ソー・リンと幻術士とがまた出会い…
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文体は豪奢だが、ヒリヒリするような緊張感がある。

【「奪われた屋敷」フリオ・コルタサル(アルゼンチン)】
ブルジョワ屋敷で兄と妹が閉じこもるように暮らしていた。あるとき屋敷の向こう側から物音がして、連中に占拠されたことを悟る。兄妹は屋敷のこちら側だけで暮らしていたがこちら側も占拠されたので、着の身着のままで屋敷を出たのだった。
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コルタサルの出世作であり(ボルヘスが見出した)、一番の有名短編。ラテンアメリカ短編の中でもとても有名でとても意味がわからずとても印象的な一作です。やっぱり意味がわからないんですが、雰囲気は抜群なので、無理に意味わからなくてもいいやと思う。

【「波と暮らして」オクタビオ・パス(メキシコ)】
海から帰ろうとしたぼくの腕に一つの波が飛び込んできた。その時からぼくと波の暮らしが始まった。波は魅力劇で気まぐれで移動に苦労した。だからぼくは解決することにした。
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波と暮らすという非現実表現と、波を車両タンクに入れて裁判になったなど現実的なことと、波が機嫌を損ねて家が腐食したんだとか、波が魚と戯れることに嫉妬したとか…。そして最後がちょっと残酷でびっくりした。

【「大空の陰謀」ビオイ=カサレス(アルゼンチン)】
アルゼンチンのモリス大尉はパイロット飛行で不時着した。だが周りの人々は自分を知らないという。
再度パイロット飛行に出たモリス大尉は、今度は自分を知る人たちのもとに戻ってきた。
その話を聞いたセルビアン博士は思う。彼はきっと、同一だがわずかに異なる異世界に降り立ったのだろう。その世界の自分の研究は興味深く、自分もその世界に行ってみたいと思う。
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いわゆるパラレルワールド物です。降り立ったパラレルワールドは、ウェールズという国は存在せず、カルタゴは滅亡していない。そのためウェールズ系の人間や名前がなく、カルタゴ系の人間がいるという世界。なるほどー。
おそらく時代背景もあるのだろうか。語り手のセルビアンはアルメニア人だが、オスマン・トルコからの虐殺の際に先祖がアルゼンチンに移住したらしい(「ローチ生れのアルメニア人」と書いてあるんだが、ローチってどこだ。「ローチ、アルゼンチン」で検索したらゴ…の種類が出てきてしまった(-_-;))。そしてモリス大尉はウェールズ系なので、ウェールズが存在しない異世界にはいなかった。
…、どなたか、アルメニア、ウェールズ、カルタゴを巡ってのローマ帝国のあり方とか教えてください…

【「ミスター・テイラー」アウグスト・モンテローソ(グアテマラ)】
アマゾンのジャングルで貧乏暮らししていたアメリカ人のミスター・テイラーは、ある時原住民から”干し首”を手に入れたのです。なんとなしにアメリカにいる叔父さんにその首を送ったところ、叔父は干し首商売を始めました。
そこから二人は大儲け。そしてアマゾンのその国も大儲け。
国を挙げて死刑を増やし、他国に戦争を仕掛け首を作って作ってアメリカに売りまくったのです。
しかしあまりにも多くの人の胴体から首を切り離したため、もう干して売るための首がなくなってしまったのです…。
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まあこういうオチになるよね、という結末なのですが、
 民主的国家だったグアテマラに、アメリカが政治的に商業的に介入していくことへの皮肉という作品、ということ。

【「騎兵大佐」アドルフォ・ムレーナ(アルゼンチン)】
ある軍人の葬儀のときに、私は奇妙な印象を残す騎兵大佐と出会った。
だが翌日彼の話をしてもみんな怪訝な顔をするだけだった。
再び弔問に訪れた私は、部屋の中に強烈な花の匂い、いや、あの騎兵大佐の匂いを感じるのだった。
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死神譚でしょうか。

【「トラクトカツィネ」カルロス・フエンテス(メキシコ)】
新しい屋敷の庭に現れる老婆。やがて手紙が差し込まれる。庭に出ると老婆がわたしの手を取り…
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どうやらナポレオン時代のメキシコ皇帝のマクシミリアンと、その皇妃のシャルロッテとの亡霊話で、屋敷に残ったその怨念?に取り入れられちゃう話なんだが…、「トラクトカツィネ」がなんだか分からない(-_-;) メキシコの読者はすぐに分かるんだろうか、日本の本に入れるなら解説ほしい…。
※追記。「トラクトカツィネ」とは、当時のメキシコでマクシミリアン皇帝に付けられたあだ名なのだそうです。でも多分「マクシミリアンをスペイン語訳した」とか言う言葉では無いのでしょう。あまりいい意味じゃないのかもしれません。(例えば、操り人形さん、とか?)どっちにしろこれは解説で書いておいてほしい!メキシコ人は「トラクトカツィネ」といえばすぐに分かるのかなあ。(日本人が「犬公方」といったら徳川綱吉ね、ってわかるみたいに?)

【「ジャカランダ」フリオ・ラモン・リベイロ(ペルー)】
ジャカランダに赴任したロレンソの妻とかつての記憶の女が入り交じる。女の幻影。
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ファム・ファタル物なのかな。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●南米短編
感想投稿日 : 2021年5月5日
読了日 : 2021年5月5日
本棚登録日 : 2021年5月5日

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コメント 1件

深川夏眠さんのコメント
2021/05/05

お邪魔します~|ω•๑`)ㄘらり

私もこの本、タイトルに偽りアリだ!
と思いながら楽しんで読んでしまいました。

一番好きなのはアンデルソン=インベル「魔法の書」。

> いくら読みつづけても、この本を終えるまでにあなたは死んでいるだろう。

にゾクッと来ました。

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