死者の百科事典 (創元ライブラリ)

  • 東京創元社 (2018年12月20日発売)
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感想 : 8
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ユーゴスラビアの作家の短編集。母がユーゴスラビア系民族、父はユダヤ人でアウシュビッツから帰ってこなかった。
短編全部が寓話的、哲学思想的。実際の人物やエピソードから哲学的思考を加えたり、実際には無い書物をあるもとして話を巡らせたり。



ナザレ人イエスの死と不思議な甦りから十七年の後。
村から村へ巡る伝道者たち、大道芸人たち。
魔術師シモンは、イエスの奇跡を伝える伝道者ヨハネやパウロたちの前で「それはこのような、誰でもできる奇跡か」と、天に昇ってみせる。ペテロが神の言葉を唱えると魔術師シモンは失墜する。そしてまた別の話もある。
魔術師シモンの弟子の女は叫ぶ。「これもあの人の教えの真実の証なのさ。人の人生は転落と地獄、この世は暴君の手の内にある。暴君の中の暴君、ヒエロムに呪いあれ!」
 /「魔術師シモン」
==新約聖書のエピソードより。

あんなに惜しまれて死んだ娼婦はいないぜ。
船員であり革命家であったウクライナ人のバンドゥラは、肺炎で死んだ娼婦マリエッタの思い出を語る。
彼女の墓に備えられた花。
そしてその日に民衆蜂起の地方革命が起こっていた。
 /「死後の栄誉」


私は図書館でその本を見つけました、有名な「死者の百科事典」を。そこには死んだ人の人生が記されています。私は、亡くなった父の一冊を探してページを開きました。そこには父の全てがありました。
全てです。村を出た日に咲いていた花、母と出会った日の風、夕日の色、歩いた道、出会った人…
「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」(P73)
 /「死者の百科事典」


仰向けに横たわっていた、ザラザラして湿った駱駝の皮の上に。
三人と一匹の死者のうち、一番若いディオニシウスは一番先に見を覚ました。昔見た群衆は、ナザレ人イエスを讃える歌と、皇帝からの迫害は、ああ、あれも夢だったのか。
 /「眠れる者たちの伝説」
==キリスト教を信仰したために皇帝から迫害を受け、洞窟に逃げ込み、約二百年眠った”エフィソスの七人の眠れる者”というコーラン由来の伝説を下敷きにしているということ。 


市場でジプシーから買った鏡。ベルタが鏡を覗くと、父と二人の姉が暴漢に襲われる場面が写される…。
 /「未来を写す鏡」
==新聞三面記事のような話だが、実際に起きたことと信じる人たちはいるようだ。


師匠の書を虚栄心により追い越そうとする弟子。
 /「師匠と弟子の話」


民衆蜂起に味方したとして死刑宣告を受けた貴族の青年。
青年の母は息子に告げる。あなたはこのような死に方はしない、私が皇帝に話をして、うまく行ったらあなたに合図を送ります。
自分が不名誉には死なないと分かった青年は、恐れを持たずに絞首台に登る。
 彼が最期まで持った立派な態度は、自分が死なないと思い怖れなかったのだろうか?または死ぬと分かっていても恥じることなく死ねたのだろうか?
 /「祖国のために死ぬことは栄誉」

架空の書物を題材にし、それが時代を越えてヨーロッパの歴史を変えた話。
 /「王と愚者の書」

先生はイデッシュ作家のメンデル・オシポビッチの往復書簡を探していらっしゃいますね。先生のおっしゃるとおりに、確かにそれは存在します。
いまでは孤独のうちに生きているこの私ですが、かつて数多くの手紙をしたためたことがありました。そしてその手紙のほとんどは、たった一人の人に宛てられたものでした―メンデル・オシポビッチに。
 /「赤いレーニン切手」

作者による、収録作品の解説。
「本書に収められていた話はいずれも、多かれ少なかれ形而上的と呼ぶべきひとつのテーマを扱っている」
ここに書かれていることは、その一部を実際に起きたことをであったり、実在の人物だということで、元ネタ解説など。
 /「ポスト・スクリプトゥム」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●その他欧州文学
感想投稿日 : 2019年11月22日
読了日 : 2019年11月22日
本棚登録日 : 2019年11月22日

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コメント 5件

アテナイエさんのコメント
2019/11/22

淳水堂さん、こんばんは。
レビューを楽しく拝見いたしました。東欧の作家でとりわけユダヤ・イディッシュ文学は好きで、はまって読んだことがあります。ダニロ・キシュは以前に長編2冊(『庭、灰』、『砂時計』)をながめてみたのですが、どうもそのときはあまりピンとこなくて、その後は間遠になってしまいました(単に私が読み取れてなかったのかもしれません…汗)。
この本は短編集のようで、レビューを拝見してみると、なんだか不思議でときにはちょっとお間抜けなイディッシュの昔話のような雰囲気も漂っていて面白そうですね。これを機会にまたキシュに触れてみようかな~と思いました(^^♪

淳水堂さんのコメント
2019/11/22

アテナイエさん
コメントありがとうございます!
キシュ長編!すごい!私は短編でいっぱいいっぱい(^_^;)
短編には元ネタがあるのですが、その知識がなく、解説読んで初めて知ったことばかりで(^_^;)
長編かあ…いつか読めるかなあ。

アテナイエさんのコメント
2019/11/22

キッシュの『庭、灰』、『砂時計』は長編というより中編くらいかもしれません。どちらも子の目から見た、失われた父探し、父との融合がテーマになっていて、キシュの実話を絡めながら、ユダヤ系作家によくみられる「父探し」という雰囲気があります。夢のように淡くて、とらえどころのない、視覚や聴覚などの五感を駆使した、幻想的で散文詩のような作品です。なので読む人を選ぶかもしれません。タブッキあたりが好きな人はいけるかもしれませんが、幻想的といっても、淳水堂さんのお好きなボルヘスとも雰囲気が違います。また機会があれば眺めてみてくださいね。わたしは短編集は読んだことがないので、図書館で眺めてみたいと思います。レビューありがとうございます(^^♪ 

淳水堂さんのコメント
2019/11/23

アテナイエさん
ご紹介ありがとうございます!
「父探し」はユダヤ系に多いのですね。
この短編の中の「死者の百科事典」も父の人生を辿る物語で、一種の父探しかもしれません。
キシュの父が強制収容所から帰らなかったというので、個人的にも父への想いがあるのかなと思いました。

他の話で「こんな書物があり~」などという書き方がボルヘス的で、ボルヘスが読みたくなりました(笑)。
タブッキも読んだことないんですよ。読まなければいけない作家が溜まってゆく一方です(^^ゞ

アテナイエさんのコメント
2019/11/23

キシュは彼と父との儚い思い出が、とにかく切ないですよね。この短編では、それにくわえて、ボルヘス的な雰囲気のものもあるようで多様で面白そうです。お聞きして良かった♪
ところで「父探し」がユダヤ系作家に多いな~と感じるのは私だけかもしれませんが、流浪する民と大いなる「父」といった宗教上のメタファーに加えて、史実上なんども繰り返される彼らへの迫害という苦難の歴史が、それぞれの作家にある父親との関係とも相まって、より深い作品になっているように思います。あのカフカやそのほかの東欧作家だけでなく、度し難いナチス迫害のためにアメリカに亡命した多くの作家やその子孫たちの作品には、わりと父探しという雰囲気の作品が多い印象があります。こりゃまた私の妄想かもしれません(笑)。またレビューを楽しみにしていますね(^o^)

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