読書術 (岩波現代文庫 社会 24)

著者 :
  • 岩波書店 (2000年11月16日発売)
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 旅で本を読むのは、ただ乗りもののなかでひまな時間が多いからというだけではありません。読むことと旅をすることとのあいだには、いかにも深い因縁があります。旅は私たちを、いつも見慣れた風景や、知人の顔や、生活や、またある程度までは、いつも経験している心配ごとや、希望からさえも、多かれ少なかれ切り離して、見慣れないもう一つの世界へ連れて行きます。同じように、本を読むということは、活字を通していくらかの想像力を働かせ、私たちの身のまわりの世界から、多かれ少なかれ違う別のもう一つの世界へはいって行くことです。(pp.17-18)

 同じ北海道に行っても、同じ九州に行っても、行った人によってその印象は違うでしょう。見た人それぞれの性格が、その旅先での印象にはっきり出ているからです。どこへ行っても、人は自分を発見します。同じように、どんな本を読んでも、人はみな自分をその中に発見するのです。読む側であらかじめ切実な問題を自分自身のなかに持っていて、しかも、その問題が同時に、読む本の問題であるという場合でなければ、そもそも書物をほんとうに理解することができるかどうか疑わしい。(p.52)

 とにかく読み通せば、その本の著者との何時間かのつきあいになるし、一日に一度、もう一人の人格との何時間かのつきあいは、私の人生に変化を与え、刺激を与え、たのしみを与えてくれます。しかもその相手の人格たるや、そこらの解説者とは違って、親鸞その人であり、マルクスその人なのです。(p.92)

「ドーセバカリズム」と博覧強記主義のあいだに、本を読まざる工夫あり、読まなくても読んだふりをする工夫があってしかるべきでしょう。「どうせ私はばかですよ」と言っていたのでは、いつになっても私はばかでなくならない。読まない本を読んだふりをしているうちに、ほんとうに読む機会も増えてくるのです。(p.121)

 もし共通の愉しみがあるとすれば、それは知的好奇心のほとんど無制限な満足ということになるかもしれません。どういう対象についても本は沢山あり、いもづる式に、一冊また一冊といくらでも多くのことを知ることができます。世の中には好奇心を刺戟する対象が数限りなくあるでしょうから、対象を移して、好奇心の満足を拡げていくこともできるでしょう。読書の楽しみは無限です。時間をもて余してすることがない、といっている人の心理ほどわかりにくいものはありません。人生は短く、面白そうな本は多し。一日に一冊読んでも年に365冊。そんなことを何十年もつづけることは不可能で、一生に一万冊読むのもむずかしいでしょう。それは、たとえば東京都立中央図書館の蔵書150万冊以上の1%にも足りないということです。面白そうな本を読みつくすことは誰にもできないのです。(p.217)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2016年2月26日
読了日 : 2016年2月26日
本棚登録日 : 2016年2月26日

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