人体 ミクロの大冒険 60兆の細胞が紡ぐ人生 (角川文庫)

  • KADOKAWA (2017年4月25日発売)
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 酸素を持たない、いわば「空の状態」で赤血球が血管を移動しているヒマはないのだ。酸素を渡したら、すぐに心臓へ戻り、肺へと送られ、そこで新たな酸素を受け取る。それをまた前身のどこかに届けるために、一目散に駆け出していくわけだ。行き先が決まっているわけではないが、基本的にはひとつの場所を往復するおいう1対1のデリバリーなのである。(p.29)

 私たちは「一個体」であると同時に、「60兆個」という単位の生き物なのだ。
 ホモ・サピエンスという霊長類の一種であると同時に、200種類の細胞の集合体でもある。
 そして、その細胞が入れ替わり立ち替わり世代交代を果たして、ようやく全体を正常な状態に維持している。
 その入れ替わりに、私たちの生きる力が潜んでいる。その力のなかには、人間独自と思えるものさえ含まれている。人間の特別な能力もじつは、細胞が実現していることなのだ。(p.90)

 いったん神経回路が構築されれば、可塑性を抑え、エネルギーを要するプロセスに制限をかけることが有益になります。臨界期が終了すると、脳は過度の再編を抑制する因子をつくり出します。おそらく、そうすることで脳は損傷から自らを保護していると考えられます。過剰な変化によるダメージから身を守るために、脳は積極的に臨界期を終わらせているのです。(p.145)

(ヘンシュ)「音楽には基本的な聴覚の情報処理から感情の調整、チームワーク、社会性にいたる、多くの関わりがあります。そのため、音楽は脳全体を多段階で関わらせる強力な手段だといえるのです」もちろん、それは楽器のトレーニングに限らない。複雑で苦労すること、繰り返し練習しなければならないことはどれも似ている。つまり、努力や苦労はどこかに泡沫と消えてしまうものではなく、神経細胞の繋がりの強化という形で私たちに刻まれるのだ。(p.158)

 パートクさんの研究も、成長を阻むことが長寿に繋がるという不思議な関係を炙り出している。長寿研究者の多くが、このトレードオフの関係を認めている。成長を優先させれば寿命に制限がかかり、寿命を優先すれば成長にブレーキがかかる。これは、生物が一生のうちに使える資源がある幅で決まっているため、成長と長寿のどちらにより多く振り分けるか、その選択が影響していると考えられている。(p.254)

 複数の選択肢を見出し、そのあいだで悩むというのが、どうも人間の逃れられない宿命のような気がする。遺伝子が命じるままに行動する生き物ならば、そんな悩みがない。そもそも選択肢を選ぶという場面がないからだ。選択肢を持つ、あるいはさらに積極的に選択肢をつくりあげるというのが、人間の高い能力であろう。そうである以上、選択に悩むというのは、私たち自身の尊厳と深く結びついている気がする。機械的に一方だけを選ぶというのは、悩みはないが、もはや私たちには残されていない道なのかもしれない。(p.275)

 わざわざ除去するほどではないが、見逃すこともできない中間程度のダメージを受けた場合、その後はじっとしていて居座る細胞になるという選択がされるようなのだ。ダメージを負って増殖するくらいなら、何もしないほうがいい。これが老化細胞の戦略なのだ。
 老化細胞が数多く見つかるということは、それだけ多くの回数、私たちはがんになりかかったということだ。そのこと自体に驚かされるが、その老化細胞が増えることが細胞社会の老化ならば、老化とはがん対策ということになる。こちらも相当な驚きである。(pp.285-286)

 心の傷の正体をいろいろ調べていけば、さまざまな細胞に変化を見るけることができるはずだ。PTSD患者も、心の傷は細胞にあるコルチゾール受容体の数の増加という形で長く残っていた。
 つまり、体験は身体を構成する細胞レベルの変化として私たちに刻まれるということになる。(p.312)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2017年9月19日
読了日 : 2017年7月27日
本棚登録日 : 2017年7月27日

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