戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)

  • 岩波書店 (2016年2月17日発売)
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この本は、もっと多くの日本の人たちに読まれるべき本である。
本書は、第二次世界大戦に従軍したソビエト連邦(現ロシア)軍の元女性兵士約500人から聞き取りを行った証言集である。

本書はいわゆる独ソ戦における従軍記的なものであるが、現実論として第二次世界大戦におけるヨーロッパでの戦闘については日本人にはあまり知られていない。
日本人は、自国が敗戦国であり、広島・長崎における原子爆弾の被害、東京大空襲での被害、沖縄戦での悲惨な状況等、多くの戦争悲劇を子供の頃から学んでいるが、他国における戦争被害というものはあまり教えられない。

ちなみに第二次世界大戦で戦争犠牲者(軍人、民間人両方合わせて)が最も多かった国はどこかご存じだろうか?
  日本?ドイツ?それともイギリス?

これはデータを見ると、ある国が突出して多いことが分かる。
それはソビエト連邦である。
ソビエト連邦の第二次世界大戦での犠牲者は約2600万人。ちなみに敗戦国のドイツは約680万人、同じく日本は約310万人である。

ソビエト連邦の被害者数は日本と比べると約8倍の数値なのである。
なぜこれほどまでソビエト連邦の戦争犠牲者数は多いのだろうか。ソビエト連邦は第二次世界大戦の戦勝国であるにもかかわらずである。

これは地理的要素が大きく関わっているのだろう。
ソビエト連邦はドイツ軍の侵攻を受けた1941年からソ連軍がドイツの首都ベルリンを陥落させた1945年までの4年間、そのほとんどの期間、自国の領土が戦場となっていたのである。
例えば、310万人の犠牲者をだした日本であるが、日本国内で兵士同士の戦闘が行われたのは約20万人の犠牲者を出した沖縄戦のみであり、本土での犠牲者は原子爆弾や空襲などによる犠牲者が多く、白兵戦での犠牲者はほとんどいない。

一方、独ソ戦のほとんどの期間、自国内が戦場となったソビエト連邦は、常に自国内で兵士同士が殺し合い、またその戦闘に多くの民間人が巻き込まれた。

一番わかりやすい例をあげれば、1942年6月~1943年2月の間に戦われたスターリングラード(現ボルゴラード)の市街戦では、当時スターリングラードの人口約60万人が戦闘後は約1万人までに激減したのである。

このような過酷な戦争をしていたソビエト連邦であるが約100万人もの女性が従軍していたことはあまり知られていない。
どこの国でも女性が看護師や衛生兵、軍医として従軍したということは多くあるが、このソ連軍の女性兵士はそういった職種だけでなく、ごく普通の兵科(機関銃手、狙撃兵、工兵、戦車兵、高射砲兵、戦闘機パイロット等)として従軍していたのである。
数多くの10代の女性、17歳、18歳くらいの女の子が自ら志願して従軍していた。
しかも、彼女たちは後方勤務ではなく、最前線の最も危険な戦場を希望していたのである。

こういった状況になった原因はいろいろな要素が組み合わさっていると思われるが、実際、先ほどあげたような過酷な戦争状態で男性が物理的にいなかった。つまり、ほとんどの男性は既に戦争に行ってしまい、もう、女性しか残っていなかったということも大きな理由だろう。
ある村では男性が全くおらず、女性しかいないという状況であったという。

兵士として従軍した数多くの女の子たちであるが、当然、戦場では女性だからと言って弾丸が避けてくれる訳はなく、当たり前のように簡単に女性兵士たちは銃弾に倒れていった。
彼女たちのインタビューを読むと、あまりに『死』が当たり前となり、「どうやって死ぬか」という話題しかなかったという。
例えば、ある若い女性兵士は、戦友の若い女の子の兵士が泥や土にまみれて汚らしく死んでいる姿を見て、『自分はこんな風には死にたくない。お花畑の中できれいに死にたい』と強く思ったという。

今の日本には、小説にも漫画にもアニメにも若い女性が戦闘で戦うという状況を題材にした物語が数多くある。
もちろん僕は女性差別主義者でも過激なフェミニストでもないので女性が軍人になるということには反対はしない。
我が国の自衛隊にも多くの女性隊員が存在しているし、彼女たちが必死に仕事をしている姿には頭が下がるばかりだ。

しかしながら、『女性が兵士として戦闘に参加する』ということがどういうことなのか、僕は本書を読むまでは本当には理解できていなかった。

過酷すぎる第二次世界大戦の地獄を生き残り、戦勝国の兵士となって、本来なら「英雄」となるべき若き女性兵士たちの多くは、戦後、いわれのない差別を受けた。特に同じ女性から・・・。

戦争に行かなかった女性から彼女たちは
  「女だてらに戦争なんかに行って・・・、銃を撃って敵を殺したって言ってるけど、本当のところはどうなんだろうね。私たちの夫や息子たちとよろしくやってたんじゃないのかね」
と、それこそ従軍慰安婦であったかのような扱いを受けたのである。
またドイツ軍の捕虜となり、生き残った女性兵士に対しては、それこそ「犯罪者」的な扱いが待ち受けた。

当時のソ連軍兵士は捕虜になることが禁じられており、捕虜になったイコール、敵のスパイになったと見なされたのだ。

彼女たちの多くは、戦後、自分たちが従軍していたということを誰にも言えず、戦中に受賞した勲章やメダルはこっそりと隠し持っていたという。そして長い間、彼女たちは自らの体験を心の奥底に仕舞い込んでいたのだ。

本書の著者であるスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチは同じ女性として、彼女たちの心の傷を一つ一つ理解しながら、必死に彼女たちから証言を得ていった。
元女性兵士の多くは証言を拒否し、アレクシェーヴィチ氏は門前払いを受けたことも多かった。
しかしながら、心の奥底にしまっていたあふれる思いをぶちまけた女性も数多くいたのだ。

この本は、そういった彼女たちの心からの叫びをまとめた本なのである。
まさに心が揺さぶられる物語が詰まっている。
本書は、『日本国民必読の書』とまでは言えないかもしれないが、できるだけ多くの人に読んでもらいたい一冊であることは間違いない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2020年7月11日
読了日 : 2020年7月4日
本棚登録日 : 2020年7月11日

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