星が吸う水 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2013年2月15日発売)
2.98
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本棚登録 : 915
感想 : 69
4

村田沙耶香の中長編の第4作目の作品。
『コンビニ人間』『消滅世界』、そして処女作の『授乳』から上梓順に『マウス』『ギンイロノウタ』と読みすすめて本作は僕にとっては6作目となる村田沙耶香作品。

本作は表題作の『星が吸う水』と『ガマズミ航海』の2篇が収録されている。
この2作とも通常の『セックス』に疑問、あるいは違和感を持っているアラサー女性が主人公である。

『星が吸う水』の主人公・鶴子は、セックスを『狩り』として楽しんでおり、飲み会で年下の男性を「お持ち帰り」し、自分の欲求を満たすような女性であり、そこには恋愛感情は全くない。それに反して鶴子の友人で同い年の梓は非常に保守的で「女性」として価値観をかたくなに守り、鶴子の「女性」を安売りするような行為に反感を持っている。
鶴子と梓の対比が非常に興味深い。

『ガマズミ航海』の主人公・結真にとってセックスは「本当のセックス」と「そうでないセックス」とに分かれている。「本当のセックス」を求めている結真だが「そうでないセックス」ばかりをしてしまっていることに罪悪感を持っている。そんな結真の前に現在の彼氏に身も心も縛られている美紀子という若い女性が現れる。そんな美紀子は「性行為じゃない肉体関係」を結真に求め、二人はそれを追求していく。
こちらも結真と美紀子との男性に対する生き方が対比され、小説として非常に完成している。

40をとうに過ぎた中年男子である僕が本書を読んだ感想なのだが、いろいろと考えさせられるものがあった。
確かにこの世の中には『愛のあるセックス』と『愛のないセックス』が存在するのは間違いない。

「男」という生物として極論すれば「セックスの相手は生殖に適した女性なら誰でも良い」ということもなきにしもあらずなのだが、この小説で描かれているのはこういった赤裸々というか、生々しいというか、女性視点からのセックスをこんな風に見せられてしまうと、セックスに対する考え方が180度変わってしまうくらいの衝撃を受けるのだ。

特に『ガマズミ航海』の主人公・結真の年下の彼氏(実際には結真はこの男性を『彼氏』だとは思っていない)が、どれだけ自分のことを好きであるかを試すためにいろいろな性的プレイを結真に求めていくのだが、その行為に仕方なく付き合ってあげている結真の心情描写を見せられてしまうと
  ああ、本当に男って憐れだな~
と、男の僕でも思ってしまう。
男は、自分が俄然イニシアティブを握っているつもりでいるが、実際には女性の手のひらの上で転がされているだけの存在なのに、それに全く気がついていない。
  ホント、なにやってんの、バカだねぇ
と、こんな風に見えてしまうのだ。実際そうなんだろうが(笑)。

このように本作では非常に開けっぴろげな性描写が繰り広げられるのだが、そこは村田沙耶香の真骨頂、他の村田沙耶香作品と同じように村田沙耶香の描く性描写には「エロティックさ」や「色っぽさ」は全くない(笑)。
村田沙耶香独特の美しい文章でこういった極めてリアルな性描写がひたすら描かれるだが、そこにはまるで性的な興奮は生じてこない。
それぞれのパーツは美しく、色っぽくもあるのだが、それを合体させると、まるで目隠しをして「福笑い」を完成させた時のような、全くもってあり得ない、めちゃくちゃなバランスになっており、思わず笑ってしまうというような感じと言えば分かりやすいだろうか。

そして今まで村田沙耶香作品6作品を読んできて、僕はふと気がついたのだが、村田沙耶香作品に登場する数々の『女性キャラクター』のことを僕はまったく『可愛い』と思っていないということだ。

もちろん外見的には若くて美人で可愛い女性達のはず・・・・・・なのだが(いや、いずれも文章なのでそのあたりは脳内で再現されるイメージの話ね)、小説を読んでいて、男として…ここは全男性というと語弊があるかもしれないので、少なくとも僕にとっては村田沙耶香の描く女性キャラクターを『可愛い』と感じたり『憧れる』という感情にはならないのだ。

  これは何故なのだろう。

例えば、小川洋子さんの代表作の『密やかな結晶』や『薬指の標本』の主人公の「私」や『博士の愛した数式』の主人公でシングルマザーの「私」も、ものすごく素敵で『可愛い』女性達だ。
それに比べ村田沙耶香の描く『女性』はなぜこうも『可愛くない』のか・・・。

そこには小説の書き方としての一人称と三人称との違いなどというレベルではなく、もっとこう、根本的な男性心理に根ざした、男の心のものすごく深い部分にえぐってくるような違いがあるはずなのである。


これは僕が立てた一つの仮説でしかないのだが、
  男は相手の女性のことを深く理解すればするほど、深く知ってしまえばしまうほど
  相手に対する『好き』『好ましい』という感情が減っていく
のではないだろうか・・・・・・。

もちろん、これは極論である。
しかし、「男」は永遠に「女」のことは理解できない。

ここにこんな名言がある
  『彼女というのは遥か彼方の女と書く。
   女性は向こう岸の存在だよ、我々にとってはね。
   男と女の間には、海よりも広くて深い川があるってことさ。』
       加持リョウジ『新世紀エヴァンゲリオン』

だからこそ男はなんだかよく分からない「女性」という生物に対して探究心が高じて「恋」し「愛」するようになるのではないだろうか。
そう男は女性の「謎めいた部分」に惹かれるのである。

こう考えると、村田沙耶香の描く『女性』を『可愛い』と思えないのは、
  男性が村田沙耶香の描く『女性』のことを完全に理解してしまうことができる
つまり言い換えると、
  村田沙耶香は男性に『女性』のことを完全に理解させてしまえるだけの筆力を持っている
ということができるのではないだろうか。

これはとてつもない能力だ。
「どんな男でも恋に落ちてしまうような素晴らしく美しい女性キャラクター」を生み出すことができる作家はこの世界には掃いて捨てるほどいるだろう。
だが「どんな男も絶対に恋に落ちない素晴らしく美しい女性キャラクター」を描くことができる作家はそうはいない。

こういった面においても、村田沙耶香が唯一無二の作家であることは間違いないのだろう。
だからこそ、僕は村田沙耶香の描く作品にこれほどまでに激しく惹かれるのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(純文学)
感想投稿日 : 2019年10月31日
読了日 : 2019年10月30日
本棚登録日 : 2019年10月31日

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コメント 2件

goya626さんのコメント
2019/11/10

村田沙耶香は、すごい作家なんだ!

kazzu008さんのコメント
2019/11/11

goya626さん、こんにちは。
そうなんです。村田沙耶香さんは、すごい作家です。いろんな意味で(笑)。

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