江夏の21球 (角川新書)

著者 :
  • KADOKAWA (2017年7月10日発売)
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感想 : 9
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山際淳司を一躍売れっ子スポーツノンフィクションライターにならしめた「江夏の21球」。昭和54年近鉄VS広島の日本シリーズ第7戦。9回裏無死満塁の攻防。広島の守護神江夏がこの絶体絶命の窮地に投じた21球。近鉄かほとんど掌中にしていた念願の日本一を引き剥がした運命の19球目。要した時間は26分49秒。40年経った今なお多く野球ファンの記憶に残る、あの伝説の試合がありありと蘇る。

復刻版となり数十年ぶりに再読。あらためて著者の複眼的な筆致の巧さに唸ってしまった。視点が江夏ひとりに注がれるのではなく、古葉監督に向けられたかと思えば、サードの衣笠に、そして西本監督へとパーン。各々の立場から見た戦況に切り替わる。次から次へとあたかもテレビ中継で駆使されるひとつの状況を複数台のカメラで展開を追う、まさしくアレを筆1本でやってのける。野球は静→動、動→静のスポーツ。次の展開を息をこらして待つ。そんな繰り返しのスポーツゆえ目まぐるしい視点の変換が成立するとは言え、そのまま映像に使えるような筆致はスゴい。この筆法が山際淳司の真骨頂であり、彼の出現がスポーツノンフィクションの分水嶺となったと言わしめるんでしょうなぁ。

表題作だけでなく、1980年のセンバツに出場した群馬県立高崎高校を描く『スローカーブをもう一球』、1985年の夏、創立3年目で甲子園に初出場した滋賀県立甲西高校を描く『<ゲンさん>の甲子園』、2つの祖国の間で大戦を経験した野球人を描く『異邦人たちの天覧試合』…、野球に取り憑かれた男の流儀を人生を描く。文体はいたってクール。これは著者の熱情のほとばしりを過剰に塗れさせないという思いが、あの渇いた文体を生んだのではと見る。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2017年10月12日
本棚登録日 : 2017年10月12日

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