つゆのあとさき (岩波文庫 緑 41-4)

著者 :
  • 岩波書店 (1987年3月16日発売)
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感想 : 34
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▼「つゆのあとさき」永井荷風、初出1931。昔読んだような気もするし、初めてな気もするし(笑)。という読書でした。東京を舞台とした、言ってみれば社会風俗が主役と言える「水商売モノ」、さすがは荷風さん、実にオモシロかったです。恐らくは発表当時の現代小説。昭和ヒトケタ戦争の影響の薄い時代。ちなみに満州事変勃発(つまり十五年戦争の開始)が同年、1931年です。岩波文庫ならわずか158頁。
▼君江と言う名前のカフェーの女給さんが主人公。二十歳くらいか。「カフェーの女給さん」というのがどういう商売なのか、長年考えていてハッキリ分かりませんが(笑)、恐らくは「お酒などを出す飲食店で、客のそばに座りおしゃべりをしたりして無聊を慰める仕事」と考えて良いようです。つまり「カフェーの女給さん」は別段「性風俗の仕事」では、無い。けれども「ラーメン屋の店員さん」でも無い。「ホステスさん」というのがいちばん近いのでは。小説の主たる題材は、この君江さんのある年の梅雨の前後の季節に起こったよしなしごと、です。
▼君江さんは恐らくけっこうな美人さんで、愛嬌が良くて、男性にもてる。そして非常にあっけらかんと仕事と人生を楽しんでいる。地方から出てきて、あっけらかんと水商売の友達から伝手をたどって、その場その場で男性遍歴を経て、君江さんの今がある。だけれどもこれが「とにかく金と地位が欲しい。そのためには体も投げ出す」みたいな、黒革の手帖的なことではありません。とにかく、あっけらかんとその場その場が楽しければ良い、なんですね。まあまずこのキャラクター造形が全てです。何も思索的に、合目的的に人生航路を決めること無く。金も無ければ困るけど、ちょこっとあればそれでいい。なぜならこれと言って収集癖も趣味も無い。
▼一方で、操を立てる、みたいな観念にも支配されていませんから。今は妻子ある小説家の愛人なんですけれど、他にもいっとき、あるいはもうちょっと持続的に関係を持ったお客さんや知人は大勢居る。小説家は当然面白くない。いろいろこそこそと君江に嫌がらせをしたりする。君江もおかしいなぁと思いながら別段真相には至らない。カフェーや周囲に来る男性たちの多くは君江と関係したがる.君江も求められてちょっと嬉しい。一応は隠したりしながらも、特段「打算」も「計算」も無く、情事から情事へと。そんなこんなで小説は進んでいきます。さすが荷風、君江さんを真ん中に描きつつ、周囲の脇役も描き、街や酒場を描いて実に細やか。
▼君江さんはそうやって歳月を歩んで来たので、恨みを買うこともある。小説終盤でそんな男にちょいと酷い目に遭わされる。この雨の場面が上出来。でも一方で君江さんはそうやって歳月を歩んで来たので、思わぬ感謝を捧げられることもある。小説最終盤はそんな男との交流が唐突に胸に迫ります。全ては遊戯のようで、浮世には遊戯では無いこともあるわけです。考えようによっては誤魔化しとも淡泊とも取れる終わり方ですが、実にナントモ「もののあはれ」の香り馥郁たるものがあり。岩波文庫ならわずか158頁。拍手。
▼全般に世界観に既視感があったんですが、よくせき考えたら映画でした。「女は二度生まれる(1961)」の若尾文子さんですね。時代が戦前では無く戦後で、カフェーでは無く芸者さんでしたけれど。あれはあれでまた別の小説の映画化だったはずですが、監督が川島雄三なんで原作からかなり離陸している可能性もありますね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 電子書籍
感想投稿日 : 2023年2月14日
読了日 : 2023年1月25日
本棚登録日 : 2023年1月25日

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