<救われなかった人がいた……。その悲しみが創作の原点に>
驚異的に多作だった松本清張。遺した作品数は700作以上と聞き、これから全作品を読むのは私には無理だなとハナから諦めていますが……★ 一時期、社会派サスペンスの分野に限ってたくさん読んでおりました。何作も読み続けると、著者の経歴が気になるのは自然なこと。松本清張の経歴には、必ずと言っていいほどこの2つが記されているので、目にインクがしみるように覚えていました。
・『西郷札』(さいごうさつ)でデビュー
・『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞
芥川賞。あれ、直木賞じゃないんだ★ というのがどこかに引っかかっていました(直木賞を連想するのは、やはりサスペンス小説のイメージが強いから……)。死ぬ前にどちらか読みたいと考えながら調べてみたら、なんと『西郷札』と『或る「小倉日記」伝』は短編で、両方とも同じ本に収録されているではありませんか! 「どちらか読んでおきたい」→「どちらも読んでしまおう」に一気に傾いたのでした☆
ついに手にした清張初期短編は、語弊があるかもしれませんが、少し地味で暗い印象を受けました。悲しくなるほど苦労して、日陰で死んでいった人の生涯を綴った作品です。西郷札のために奔走した人物も、幻の小倉日記のために精魂を傾けた人物も、その努力は報われない……★ なぜ、これほど悲しいことを最後まで悲しいままで書いたんだろう? とも思いました。
しかし、この作家の初心がよく見てとれます。作品の焦点が常に社会の犠牲者に向けられているのは、ずっと変わっていませんでした。誰かに悲しい思いをさせ、犠牲を強いて成り立ってきた日本の歴史に、裏側から光を当てているのです。救われなかった悲しい人たちが無数にいる。しかし、犠牲などなかったかのごとく世の中が回っていくことに対し、清張は思うところあったのでしょう。結末まで読んでも全く報われないこの悲しみで、松本清張の原点に触れたような気がします。
- 感想投稿日 : 2022年10月29日
- 読了日 : 2021年6月4日
- 本棚登録日 : 2021年6月4日
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