女生徒 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2009年5月23日発売)
4.10
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本棚登録 : 4563
感想 : 256
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女性読者から送られてきた日記をもとに、ある女の子の一日を描いた表題作。名声を得ることで破局した画家夫婦の内面を、妻が夫へ綴る手紙で表現した『きりぎりす』など、女性視点での作品14篇収録。

『人間失格』に続いて太宰治チャレンジの二作目。角川文庫の和柄でピンクの装丁が可愛かったのと、女性読者の日記をベースにした作品という文句に惹かれて手に取った。女性の告白で進む物語は、まさか男性が書いているとは思えないほど自然に流れていく。

表題作は少女が大人になる直前に抱く自分と世間の摩擦、アイデンティティの揺らぎを鋭く映し出している。有り体に言えば「女の子の一日の話」なんだけど、そこに溢れた思考の数々は傷口から止まらない血にも似た切迫感がある。そういう中にも、
「ことし、はじめて、キウリをたべる。キウリの青さから、夏が来る。五月のキウリの青味には、胸がカラッポになるような、うずくような、くすぐったいような悲しさが在る。」
という心が一気につかまれてしまう瑞々しい描写もあって好き。全体を通すと、よく考える女の子だな──という感想に(笑) 思考をがぶ飲みさせてくれる圧倒的な表現力と物量は凄まじい。

一番最初に持ってきた『燈籠』もなかなか重たい。両親はいるが父に似ておらず、誰の子だと噂される身の上のさき子。彼女は親孝行をすることで自分の存在を確かにしようとしてきた。その一方で、心惹かれた水野のためにと出来心で海水着を盗んでしまい、水野からは突き放されてしまう。日陰者となった彼女を照らしたのは、両親だけだった。でも、それでいいという世間とは切り離された美しさが悲しみを誘う。

『葉桜と魔笛』の姉が、先の短い妹へ吐いた嘘も好き。あたたかい嘘は、嘘と分かってしまってもあたたかかった。手紙の内容は妹からしたら面食らっただろうなあ。でも、その奥にあるものを感じ取っているところが好き。

『きりぎりす』も面白かった。こんなに長々と書かれた絶縁状をもらったら驚くだろうな。でも、夫にはきっと届かないであろうということも伝わってくる。売れてしまったことで絵へのストイックさが失われ、陰口やお金の話ばかりするようになってしまった夫。社会的評価は得ても、彼自身を見つめていた妻にはその虚ろな中身が暴かれたように映る。お金持ちになってもつつましく生きることを貫くため離縁を決意する妻は、社会的に見れば愚かなんだろう。それでも、その愚かさには誠実さがある。この対比が際立っていてとてもよかった。


p.29
でも、みんな、なかなか確実なことばかり書いてある。個性の無いこと。深味のないこと。正しい希望、正しい野心、そんなものから遠く離れている事。つまり、理想の無いこと。批判はあっても、自分の生活に直接むすびつける積極性の無いこと。無反省。本当の自覚、自愛、自重がない。勇気のある行動にしても、そのあらゆる結果について、責任が持てるかどうか。自分の周囲の生活様式には順応し、これを処理することに巧みであるが、自分、ならびに自分の周囲の生活に、正しい強い愛情を持っていない。本当の意味での謙遜がない。独創性にとぼしい。模倣だけだ。人間本来の「愛」の感覚が欠如してしまっている。お上品ぶっていながら、気品がない。

p.32
人々が、よいと思う娘になろうといつも思う。たくさんの人たちが集ったとき、どんなに自分は卑屈になることだろう。口に出したくも無いことを、気持と全然はなれたことを、嘘ついてペチャペチャやっている。そのほうが得だ、得だと思うからなのだ。いやなことだと思う。早く道徳が一変するときが来ればよいと思う。そうすると、こんな卑屈さも、また自分のためでなく、人の思惑のために毎日をポタポタ生活することも無くなるだろう。

p.50
ロココという言葉を、こないだ辞典でしらべてみたら、華麗のみにて内容空疎の装飾様式、と定義されていたので、笑っちゃった。名答である。美しさに、内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。

p.77 (葉桜と魔笛)
僕たち、さびしく無力なのだから、他になんにもできないのだから、せめて言葉だけでも、誠実こめてお贈りするのが、まことの、謙譲の美しい生きかたである、と僕はいまでは信じています。

p.134 (きりぎりす)
いいお仕事をなさって、そうして、誰にも知られず、貧乏で、つつましく暮して行く事ほど、楽しいものはありません。私は、お金も何も欲しくありません。心の中で、遠い大きいプライドを持って、こっそり生きていたいと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2024年1月7日
読了日 : 2024年1月7日
本棚登録日 : 2024年1月7日

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