コンサートホールの喫煙所で、葉月は蛹を見つけた。まだ待ち合わせの時刻まで少しある。時間を潰しているのだろう。
彼は、明るいブラウンのスーツを着て、ちゃんとネクタイまで締めていた。煙草はいつもの細いメンソールではなく、フィリップモリスだった。
余所行き、の、格好だ。
外見などほとんど気にせずに生きている蛹にこういうことを教えたのは、蛹や葉月よりもいくらか年上の、共通の知り合いの男性で、今夜のコンサートのチケットを譲ってくれたのもその人だった。
「すごいね、そのドレス」
蛹は葉月の姿を見つけるなり、真っ正直に感想を述べた。
「結婚式でもなければ着ませんけどね。箪笥のコヤシですよ。コヤシ」
ダークレッドのワンピースだ。アクセサリーは雑貨屋で千円そこそこで買ったものだけれど、蛹にはそんなことはたぶんどうでもいいだろう。
「ブラームス、好きなの?」
聞かれて、葉月は少し首を傾げた。
「好き嫌い以前に、ぶっちゃけよく知りません」
それはいい、と蛹は笑った。
「そういえば、そんなお話ありましたね」
「『ブラームスはお好き?』」
そうそれ、と葉月は頷く。
「なんか、煮えきらないラブストーリーっていうか、煮えきって焦げ付いちゃったラブストーリーっていうか」
「まあ、お互いを見ていない感はあるね」
「愛してるとか愛されてるとか、うっわーなこと言い合ってるわりに、人間としての中身は全然見てないし、あげくに世間体とか気にするし」
蛹は、笑った。
「でも俺はね、他人事だから言うけれど、とても素敵なことだと思うよ」
煙草を灰皿で揉み消し、手に付いた灰を軽く払う。
「どの辺がですか?」
「うんと年上の女性に激しく恋をして、そうして、それがああいう結末になるということがね」
「あー……」
ちょうどそのときに、開演まで間もないことを告げる放送が入って、二人は連れ立って客席に向かった。
- 感想投稿日 : 2015年4月1日
- 読了日 : 2015年4月1日
- 本棚登録日 : 2015年3月28日
みんなの感想をみる