ことり

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2012年11月7日発売)
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もう20年近く前のことになるのか、著者は私の家から5キロほどの近くに住んでいた。そのことを知ったのは、彼女がそこから居なくなる直前だったと思う。私は偶然、彼女が住んでいた当時地域で1番のマンモス団地へ、配達業務で毎日通っていた。そして芥川賞候補になった作家が、私が配達している棟の何階かに住んでいる事を聞くことになる。賞を逃した作品は当時書店にうず高く積まれていたが、私は文芸書は読まないので、興味はなかった。しかし、営業の一環として棟の奥さんには顧客の可能性は聞いたと思う。
どう答えてくれたのかは記憶にない。しかし、毎週配達の度に降りてくる奥様たちとは一線を画しているという印象は持った。私は棟を見上げながら、そのさらに上を飛ぶ何かの鳥の声を聞いた気がした。その後、彼女は芥川賞を獲り、何時の間にかその団地から消えていた。
著者の作品を読むのは、さらにその10年後になる。

次の水曜日、食卓の上にボーボーはなかった。
「小鳥のブローチは愛の歌を歌えなかった」
と、お兄さんは言った。誰に向かってというのでもなく、ただ言葉を宙に浮かべるようにして、小声で言った。
「そういう小鳥もいる。小屋の片隅で、いつまでも歌えないままでいる小鳥」(70p)

小鳥の小屋の小声をずっと聴き続けているかの様な読者である私には、お兄さんの「失恋」は哀しい。私は遠い日の終わった「片想い」を思い出す。

「それにしても、世の中に、こんなにもたくさん鳥にまつわる本があったなんて……。私が気づかない場所に、こっそり鳥は隠れているものなんですね。私の目に届かない空の高いところを、鳥たちが飛んでゆくのと同じですね」(112p)

図書館司書のこの言葉は、彼女に恋をしている小鳥の叔父さんにとってもだが、私の片想いの淋しい記憶にとっても、何よりもの宝物だ。

人は独りで生きていける。それは誰の力も借りないで、ということじゃない。そうではなくて、誰の目にも止まらない処で鳴くことはできるのである。けれども、その密かな鳴き声をじっと聞いてくれる人がいることはなんて嬉しいことなのだろう。

私はこの厳しかった冬に、たまたま日中によく街路樹のある道を通る様になった。そうすると、今まで気がつかなかった小鳥たちが見えて来た。鶯色のまん丸い小鳥がいたので、「今年初めての鶯を見ました。まだ鳴かないようです」なんてFacebookに書いたりしたが、あとでよく調べるとメジロだったりした。雀よりも少し大きくて、茶色い羽根を持った小鳥や、橙色の嘴を持った小鳥、曇った空に溶け込んでしまいそうな大きめな小鳥、様々な小鳥が驚くほどに山にいかなくても我々のすぐそばに、住んでいるのである。名前が未だにわからない。けれども、町の片隅に彼らは生きているのである。

でも、出来ることならば、小鳥の叔父さんの様に、生涯一羽でいいから「ことり」を救いたいな。
2013年2月14日読了

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: か行 フィクション
感想投稿日 : 2013年3月18日
読了日 : 2013年3月18日
本棚登録日 : 2013年3月18日

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