亜愛一郎の転倒 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M あ 1-5)

著者 :
  • 東京創元社 (1997年6月21日発売)
3.73
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本棚登録 : 579
感想 : 70
4

1977年から1980年の作品を収録した、第二弾では、またしても興味深いエピソードが明らかになり、旅行だけでなく、芸術や歌謡曲等の趣味を持ちながらも、おしどり夫婦で、愛車はなんと、真っ赤なフ○○○リですって(運転はやや心配かも)! 

こうなると、最終巻も気になる・・おっと失礼、これは三角形の顔をした洋装の老婦人の事でした。


泡坂妻夫さんの、創造した探偵「亜愛一郎(ああさん)」シリーズ二作目も、前作同様、泡坂さん自身の多趣味と豊富な知識と素敵な人柄が、そこかしこに表れている、多彩な内容で、毎回、今度は解き明かしてみせるぞと思いながらも、結局やられたなの繰り返しで(分かったのは「砂蛾家の消失」くらい)、推理ものとしても充分に楽しめますが、その騙し絵的な、飄々としたユーモラスさとシリアスさが同居した要素も見逃せないというか、寧ろ、そこが私の最も好きなところです。

以下、全八話の印象を、私なりに書いていきます。


「藁の猫」
初っ端から、いきなり絵画の中のトリッキーな謎掛けに、ワクワクさせられるが、結末は思いの外、切ないものがあり、人間はやがて大人になるとは言うけれど、そうなったからこその悲劇とも思われて、世の中は、そんなこと気にしない人の方が多いのだろうが、実は歴史がそれを証明しているという、泡坂さんの知識もお見事。

「砂蛾家の消失」
ホラー的前振りが新鮮な中、読んでいく内に、ホワイダニットだなと思い、割とヒントが多かった気もして、楽しかったのだが、情景描写だけでなく、何気ない会話の中にも散りばめられた、多様な伏線が素晴らしかった。

「珠洲子の装い」
これが、最も騙し絵的要素が強くて面白かった。
加茂珠洲子の死後、急に女神の偶像と化した、その人気に便乗し、次世代の彼女を生み出すような歌謡ショウ開催の流れにおいて、こういうトリックを入れてくるのだから、泡坂さんは気が抜けないというか、まるで長篇マジックを見ているようで、その種明かしに、思わず「ああ!(ああさんの事ではない)」と叫んでしまい、その細かい、一挙手一投足を見る事の大切さを痛感したと思ったら、最後のウエスト吉良の舞台裏こそ、最大の騙し絵であった。

「意外な遺骸」
いわゆる回文もので、草藤先生のフルネームもナベナシナベナも回文と、泡坂さんの遊び心満載ながら、童歌の歌詞という、ベタで強烈な要素も混ぜ込んで、いったいどうなると思っていたら、真相がブッ飛びすぎて驚き! これは想像もつかなかったし、『人の目を欺くための一つの手段として、そのものの廻りに、いろいろな余計なものを付け加える』の深さを、まざまざと実感し、それによって、桜井料二の憧れがあっさり転換する様子も面白かったが、あまりの自分像の無さに、「料二不条理」なんて回文も思いついて、嬉ちいわあ・・と思ったら、「りょうじふじょうり」で、「よ」と「う」が逆でした。惜しい。

「ねじれた帽子」
二話の「オオタケタテクサ」と、四話の「オウタケヘゲタウオ」の博士、大竹譲がここでようやく登場するが、このキャラクターが好きで、とにかく落ち着きがなく、せっかちでありながら、お節介で世話好きという、人によっては絶対受け付けないと思うかもしれないが、不思議と読んでて、そうは思えないところに、泡坂さんの人柄の良さが垣間見えて、人情噺を見ているよう。帽子屋の調子のいいところも憎めず、むしろ、大竹の世話好きがそうさせたのだとも感じたが、それに負けず、ああさんの世話好きも相当なものだと思った。

「争う四巨頭」
元刑事の鈴木は、「狼狽」の「黒い霧」の坊主頭かと推測できるのが、続きの話のようで面白く、金堀商店街の「伊豆政のおかみ」も懐かしく思われたが、謎はまたまた意外性のあるもので、思いっきり煽っておいて、「ああ・・(くどいようだが、ああさんのことではない)」と、ややトーンダウンしたが、これはこれで騙し絵の楽しさがあり、仕事の無くなった鈴木の今の楽しみが料理というのは、泡坂さん自身の投影でしょと思ってしまった。

「三郎町途上」
「お響姐さん」こと、昆虫学者兼エッセイストの、「朝日響子」博士が、ああさんを連れて、事件の謎に挑むのだが、これが中々の本格派で、文章の些細な矛盾点を自ら探さないと、真相に辿り着けないようになっている、こういう起伏の激しい感じが、またこのシリーズの持ち味なのではないかと思ったが、姐さんと、ああさんの今後もありそうで気になるし、おそらくこんな会話してんだろうな・・・

「愛公よ、早う来い、亜」。
「あいこうよはようこいあ」。

今度は上手く出来ました(ちょっと苦しいか^^;)。

「病人に刃物」
「狼狽」の「掘出された童話」の、青嵐社の編集長が再登場し、前作の中の、「今年の風邪は目に来る」は、この話の前振りだったのではと思ってしまうくらい、泡坂さんの中では、既に組み立てられていたストーリーなのかと、登場人物を大事にする一面も感じられて嬉しかったが、真相は最も重くて笑えず、ここでいうところの、「信じられない誤り」から「悪魔の存在」へと人間が変貌していく怖さは、今の時代でも十分に通用する、人の心の危ういことの悲しさを思い知った。


ここで探偵、亜愛一郎の苗字の説明として、

「亜硝酸アミール」の亜、
「亜鉛」の亜、
の他に、

『心のない悪という字です』

と、ああさん自ら語ったこの内容の深さは、上記の「悪魔の存在」と対比させることで、より明確になり、そうか、悪は人間の心次第でもたらされるものなんだと、改めて実感すると、もうこれ以上、何も書かなくても、亜愛一郎がどんな人か分かるでしょ?

そういう人なんですよ(ちなみに、今回も一度「きゃっ」と言いました)。


《余談》
田中芳樹さんの「だます達人、だまされる達人」の中の、泡坂さんの厳しい眼差しというのが心に残りまして・・というのも、泡坂さんなら、そうした事にとても真剣になることは確かだと思いましたし、それこそが、作品を面白くしている大きな要素ですし、更にそれは、読者の事を最も考えて下さっているからだということを実感できたのが、とても嬉しかったからです。

『先人に費いつくされたアイデアなんてありませんよ』

それから、「11枚のとらんぷ」のオリジナルのフランス綴じのページ、私もペーパーナイフで切り開いてみたい!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年1月26日
読了日 : 2023年1月26日
本棚登録日 : 2023年1月26日

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コメント 18件

111108さんのコメント
2023/01/26

たださん、こんばんは♪

ああさん第二弾ですね!
「ああ‥(ああさんのことではない)」のくだり(2回)に回文もどきや駄洒落など、まるでアワツマが乗り移ったかのようなレビューですね!楽しませてもらいました(^^)

大竹博士、いいですよね!たぶん現実に身近にいたら困ったちゃんでしょうけど、ああさんにまめまめしくしてしまうところ可愛かったですね。あと虫博士の響子姉さん、みんながああさんに惚れてぽーっとなってしまう中キリッとしててかっこよかったです!

akikobbさんのコメント
2023/01/26

たださん、こんばんは♪

「飄々としたユーモラスさとシリアスさが同居した…」→ええ、ええ、そこがいいですよね〜。
回文自作されてるの、さすがですね!愛公のやつ、響子さん言いそうです!

余談のところは、解説の感想でしょうか?(私の読んだのは例の驚愕の表情の表紙の本なので、なかったのかなーと(^^;)

たださんのコメント
2023/01/26

111108さん、こんばんは♪
コメントありがとうございます(^^)

喜んでいただき、嬉しいのですが、一応、もどきの後に完成形もありますのでね(^^;)

でも、アワツマが乗り移ったかのよう、最高の誉め言葉に感じました。ありがとうございます(≧∇≦)

好きすぎると、つい夢中になって、はっと気が付くと、こうした書き方になってまして、最初の想定と違ったかもと思いましたが、まあ、結果オーライということで(^^;)

響子姐さん、そういえば確かに、サッパリとして行動的なのが印象深いですが、その中に、ああさんに対する密かな想いも垣間見えて、しかもそれを感じられたのが、あの時の表情って・・なんとも切ないですよね。改めて、とてもいいシーンだと思いました。

111108さんの、お誉めの言葉にすっかり舞い上がってしまい、明日の仕事も頑張れそうです♪
ありがとうございます。
それでは、おやすみなさい(^^)

111108さんのコメント
2023/01/27

たださん、お返事ありがとうございます♪
akikobbさんもこんにちは♪

たださん、お仕事頑張れてますか(^^)
失礼しました「あいこうよはようこいあ」回文完成してましたね!ちょっと江戸っ子っぽいところも、akikobbさん言うように響子姉さんっぽいところもいいですね!
響子姉さんとああさんの関係憧れますね。絶対「姉さん」タイプになれないので。その前にああさんみたいな人なかなかいないか。

akikobbさんのコメントでたださんの《余談》に気がつきました(-.-;)
akikobbさんの読んだ強烈な表紙の方ではなかった話なのかな?
今日家に帰ったら『狼狽』再読してみようと思います!

akikobbさんのコメント
2023/01/27

たださん、111108さん、こんにちは。

「アワツマが乗り移ったよう」たしかに!なんか、泡坂さん作品のレビュー書くときって妙にテンション上がりますよね笑
それから私も、『転倒』の登場人物では大竹博士と響子姐さんが特に印象的でした。面白いですよね。

余談のところは、はて?と思ったものの、「フランス綴じの本をペーパーナイフで開きながら…」ってどこかで読んだような気もするんです…。記憶がいい加減^^;

たださんのコメント
2023/01/27

akikobbさん、こんばんは♪
コメントありがとうございます(^^)

共感いただき、嬉しいです。
その絶妙なバランス感覚と妙味、正に職人芸だと思います。

それから、回文は頑張りました。「意外な遺骸」を読み終えたときに、絶対一つ思い付こうと決意しましたが、中々浮かばず・・亜愛一郎だと難しかったので、響子姐さんが愛公と呼んでくれて、本当に助かりました(^^;)

そういえば、あのインパクト強い表紙でしたよね(笑)
そうです。創元推理文庫の、田中芳樹さんの解説のエピソードの一つとして、「幻影城」育ちの作家たちが集まった席上で、田中さんが泡坂さんに、「しょせんミステリーのアイデアって、最初に使った者の勝ちで、後から来た者には何も残されていないんでしょうか」と、つい口走ってしまったところ、とたんに泡坂さんの眼差しが厳しくなり、口調もやや改まって、「いやいや、とんでもない。そんなことはけっしてないよ」に続いて、上記の言葉を仰られた事が紹介されていたのが、とても印象的で、普段温容な泡坂さんの貴重な一面から、泡坂さんの作品に対する真剣な思いを知ることが出来たのが、嬉しかったのです。

それから、「11枚のとらんぷ」については、1976年に幻影城ノベルスとして発売された、初版のもので(当然ながらオークション等では高価です)、田中さんの解説にもありましたし、私もどこかで聞いたことあるなと思っていまして、まるで、「生者と死者」みたいに、ページが繫がった状態らしく、それをペーパーナイフで切り開きながら読んでいくそうです。

たださんのコメント
2023/01/27

111108さん、こんばんは♪
お返事ありがとうございます(^^)

はい、アワツマ愛とともに、
仕事頑張れました(*´∀`*)ノ
ありがとうございます。

そうなんです。江戸っ子ぽくなりましたけど、響子姐さんなら言いそうかなと思って・・最初、ちょっと微妙かなと思いましたが、今見ると結構味があるようで、お二人のお誉めの言葉もあって、愛着が湧いてきました(^^)

確かに、ああさんみたいな人、なかなかいなそうですし、いたらいたで、令和の時代には却って、目立ちそうですよね。櫻田智也さんの魞沢クンとの夢のコラボとか実現しないかなぁ。お互いに出会ったら、永遠に会話が噛み合わなそうな気もしますがね(^^;)

akikobbさんのコメント
2023/01/27

たださん、こんばんは。

解説についての解説、ありがとうございます!(しかもこんなに丁寧に…お手数おかけしてしまいました。でもよくわかりました!)
泡坂さんのマジックに関する発言でも、「同じトリックでも演じ方次第」というような趣旨のことをおっしゃっていて、私も好きな考え方だなあと思います。厳しい眼差しで、というのもなんだかハッとさせられますね。

ペーパーナイフの話は、やっぱり別の何かにも書かれていた気がしますね!アワツマ界隈では有名な話なのでしょう。

たださんのコメント
2023/01/27

akikobbさん、お返事ありがとうございます♪

いえいえ、どういたしまして。
田中さんも内心、しまったと思ったのかもしれませんが、それにより、泡坂さんのプロとして仕事にかける思いを実感されたのだと思っております。

そして、マジックに関する発言、ハッとさせられました。いい言葉ですね。正に、泡坂さんならではの考え方だと感じまして、その柔らかい発想力、目から鱗ですよね。

それから、初期の幻影城ノベルスについて、何冊かは、全てフランス綴じだったらしいのですが、不良本と勘違いする問い合わせが多かったようで、途中で通常の装丁に戻したそうです。

ただ、そのフランス綴じの泡坂さんの作品は、他にもありまして、しかも解説者が豪華です。

「乱れからくり」は、中井英夫さんで、更に「亜愛一郎の狼狽」もありまして(!!)、解説がなんと、栗本薫さんです。書いてある内容が気になりますし、独特な表紙の絵柄も何か惹かれるものがあります(ネットの画像検索より)。

akikobbさんのコメント
2023/01/27

たださん

フランス綴じの初版本、マニア心をくすぐりますね。それにお気に入りのペーパーナイフを求める文具旅まで始まってしまう…。妄想に留めておきます。

111108さんのコメント
2023/01/27

みなさんこんばんは♪

フランス綴じのアワツマ初版本、解説者も豪華で本当にうっとりしそうですね♡

妄想と言えば、たださんの「ああさんと魞沢クンのコラボ」発言からいろんなシチュエーションが頭の中駆け巡っています。永遠に会話が噛み合わない←あるあるですね(^^)雲の写真撮りに来たああさんと出会った魞沢くんだが出会い3回目くらいでやっとお互いを認識する、というのもあるあるかな?

たださんのコメント
2023/01/28

皆さん、こんばんは♪

111108さん
夢のコラボ、妄想してしまいますよね。「3回目くらいでやっとお互いを認識」、それぞれ夢中になっているからですよね。一人は雲の写真撮りで、もう一人が蜘蛛を追いかけているとか。分かります。あるあるだと思います(^^)

私の場合、ちょっとシチュエーション変わるのですが、舞台は、左右に崖のある川の中で、パンツを膝丈まで上げつつ、ああさんは珍しい地層の写真を撮りに来ていて(別に川に入らなくてもと思うかもしれませんが、ちょうどいいアングルがあったということで)、魞沢クンは川の中に泳いでいる、珍しい虫を捕まえようとしていたら、背中合わせでぶつかって、その反動で川に尻餅をついてしまい、お互いにあたふたしながら、「ああ、すいません!」と謝り合うという・・・なんじゃそりゃって感じですがね。しかも長い(^^;)

もう一つ、ベタですが短いパターンとしまして、響子姐さんが再登場して、ああさんと昆虫採集しに行ったら、そこに魞沢クンがいたという。しかし、そこはさすがの響子姐さん、まだまだ若造だなと思うのか、私のこと、お響姐さんと呼んでごらんとなるのかは、妄想次第ということで(笑)
こんなことばかり考えてます(^^;)

akikobbさんのコメント
2023/01/28

すごい、みなさん妄想捗ってますね!しかも、どれもありそう!
蝉かえるにも、非常に響子姐さん的な学者さん出てきましたよね。昆虫学者だったか?エリ沢くんが学会にもぐりこんで発表を聞いて「ナンパ」したという相手が…。姐さんたち同士のコラボもいけそうです。

111108さんのコメント
2023/01/28

みなさんこんばんは♪

妄想楽しい♡眠たいけど妄想♡
たださんの、川で尻餅パターン光景が目に浮かんできます。そこに大竹さんが出てきたら一人で大騒ぎしそうですね!
虫博士響子姐さんのほうもなかなかいいです。だんだん博士から単なる姐さん風かも。

akikobbさんのいう『蝉かえる』に出てきたエピソードは、櫻田さんがアワツマトリビュートで作った話なのでしょうか?『蝉かえる』もうろ覚えなので再読しなくては‥。

たださんのコメント
2023/01/29

皆さん、おはようございます♪

111108さん
眠たいけど妄想、胸に響きました♡
大竹さんの登場、いいですね!
魞沢クンの天然(?)の返しを本気に捉えて、真面目なアドバイスをしそうですよね。
それから、大竹さんと響子姐さんが一緒になったら、どうなるのかって、興味も湧いてきました(^^;)

akikobbさん
私も「蝉かえる」、感想書いたのが約2年前と、結構経っていまして、ほとんど覚えていないので調べてみたら、表題作の、民俗学者「鶴宮逸美」ではないですかね?

たださんのコメント
2023/01/29

ちなみに、鶴宮逸美と魞沢クンは、蝉を食む話で意気投合したそうです(内容が凄いけど、彼らしいですね^^;)

それから、朗報が!
「蝉かえる」の文庫版、2月10日に発売決定しました♪

111108さんのコメント
2023/01/29

みなさんおはようございます♪

たださん、妄想返事ありがとうございます。
『蝉かえる』文庫出るんですね!わ〜い(≧∀≦)
2月10日待ち遠しいですね‼︎

akikobbさんのコメント
2023/01/29

おはようございます♪

お〜、祝・文庫化!

たださん、そうです表題作のその方です。ご確認ありがとうございます。響子さんオマージュキャラでしょう〜と思いながら読みました。

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