亜愛一郎の逃亡 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書) (創元推理文庫 M あ 1-6)

著者 :
  • 東京創元社 (1997年7月20日発売)
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本棚登録 : 526
感想 : 56
5

長身で二枚目ながら、どこか人懐こくて憎めない、不器用さが魅力の、『亜愛一郎三部作』も、ついに本巻で完結を迎えました。

初期の頃と比較して、思いきり驚かされるような、大トリックこそ無いものの、より人間味溢れるやり取りが、楽しくも優しい物語を形成する中に、何気ない顔をしてひっそりと佇んでいる、そんな騙し絵的な伏線は相変わらずの切れ味を持ち、それは、日常生活に於いても、時には、視点を変えて世の中を見てみるのも面白いよといった、泡坂さんの温かいメッセージとも捉えられて、とても印象的でした。


最終巻なので、特に気になった話だけ、書いていきます。

「赤島砂上」
初っ端から、人間心理の裏を突いたような展開に、早速、泡坂さん流トリックへの拘りを感じさせられ、それは、背景や色に捕らわれないデッサンに例えたり、『隠すことは、顕れること』の台詞にも、よく表れています。

「歯痛の思い出」
亜(私の中では、ああさん)と井伊(いい)と上岡(うえおか)、三人が織り成すユーモラスな物語は、既に名前で遊んでいる感もあり、それは、「上岡菊けこ………? あら、失礼しました。上岡菊彦さん」と、敢えて上岡だけフルネームで呼ぶ台詞を、お笑いの天丼のように繰り返す、そんな遊び心が印象的な中でも、しっかりと物事の真意を見つめ続けていた、ああさんの推理眼は、お見事の一言。

「赤の讃歌」
あのお響姐さん、再登場には、泡坂さんもよく分かってらっしゃると、思わず口元がほころぶ中、そんな彼女と肩を並べるくらいの存在感を放つ、「阿佐冷子」の登場も楽しくて、物語が更に盛り上がる中、ここでも言葉遊びの妙が印象的で、それは、『亜→阿佐→朝日→浅日向→麻雛壇駅』と、もはやパズルみたいであるが、最も印象的だったのは、「鏑木正一郎」の絵の芸術性に潜まれていた、胸を捕まれるような彼の本能からの思いだった。

「火事酒屋」
渋いながらも、今作で私が一番好きなトリックで、これは想像してみないと実際分からないなと思わせた、普段全く気にかけないような点に着目している、泡坂さんの視点の多さに、改めて脱帽であり、「美鞠」のああさんへの好意的な応援が印象的な中、実はラストへの伏線が彼女の台詞に含まれている。

「亜愛一郎の逃亡」
そして、最後の作品であるが・・ここまで、主人公の正体を、はっきりとした形で提示しているのも、却って、珍しいのではないかという新鮮さに浸る中(特に推理ものに於いては)、そういえば何度か、あのワード出てたなと思い出して、念のため、過去の二作も見てみたら、「狼狽」の「ホロボの神」にもありましたよ・・・泡坂さん、もしかして、この時からこのエンディングを考えてたのかな。だとしたら、凄いね。

そして、ファンならば誰もが嬉しくなるであろう、終盤のあの粋な計らいには、泡坂さんの登場人物に対する愛情の極みを感じさせられて、嬉しい気持ちになるとともに、これでもう、本当にああさんとは会えないんだということも実感したら、自然と目頭が熱くなってきて・・・正直な気持ち、もっともっと、ああさんの活躍を見たかった。でも、最後の最後も彼らしくて、こういう終わり方で良かった。
後は、魞沢クン頼んだよ(勝手に後継者にするなってね)。

最後に、亜愛一郎といえば、事の真相を悟った時に見せる、白目をむいた姿であり、他の人がしても何とも思わないが、ああさんがすると、そんな怪しい姿にも愛しさを感じさせられて・・そんな気持ちを回文に表しました。
さようなら、ああさん!
また会う日まで、元気でね!!


『あいためしきたとうとだきしめたいあ』

『開いた目、四季経とうと、抱きしめたい、亜』

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年5月2日
読了日 : 2023年5月2日
本棚登録日 : 2023年5月2日

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コメント 4件

akikobbさんのコメント
2023/05/02

たださん
早くも色々細かいことは忘れてしまったながらも、たださんのレビューのおかげで、最後の、寂しいけれど華々しい祝祭感を思い出し、じーんとしました。寂しいけれど、こんな素晴らしい幕引きが用意されて、惜しまれつつ引退する大スターみたいで、泡坂さんの愛を感じますよね。
「泡坂さんの」だけでなく、回文作りで思いを表現されたたださんの愛も!!

たださんのコメント
2023/05/02

akikobbさん
嬉しいコメントを、ありがとうございます(^^)

一度読んだ筈でも、全く思い出せなかった分、物語は楽しめましたが、やはり最後の粋な計らいのシーン、涙がこぼれてしまいました。これは堪えきれなかったです。泣けますね。

そして、泡坂さんの愛は全てに平等な眼差しを向けているようで、とても印象的でしたし、優しい人柄が滲み出てますよね。

それから、読むと、現実から離れて、ほのぼのと楽しい気分にさせてくれた、ああさんには、どうしても感謝の気持ちを込めたかったので、本文にあやかって、回文は、無い知恵絞って、一生懸命頑張りました。

111108さんのコメント
2023/05/02

たださん、こんばんは。
akikobbさんもこんばんは。

たださん、亜愛一郎シリーズ読了おめでとうございます⁈このフィナーレは感動でしたね。私もakikobbさん同様細かいところ忘れかけてたのを思い出させていただきました。
そしてたださんの回文、「抱きしめたい、亜」に思わずきゃー♡となりました♪

akikobbさん、惜しまれ引退する大スター、確かに!アワツマ流粋ですよね♪

後継者、魞沢くんでいいと思います!

たださんのコメント
2023/05/02

111108さん、こんばんは。
嬉しいコメントを、ありがとうございます(^^)

そんな、きゃー♡だなんて。
あくまで、精神的な気持ちで、という意味ですよ(^^;)

そうそう、akikobbさんも書かれてましたが、確かに、泡坂さんの亜愛一郎への思い入れの深さは、あの御膳立てされた素晴らしいフィナーレに、よく表れていて、とても感動的でした。
本当に終わっちゃったんだな・・・

それから、魞沢クンへの共感、ありがとうございます(^^)

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