TRIP TRAP トリップ・トラップ (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2013年1月25日発売)
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感想 : 35
2

この一文、どこかで一回切れたでしょ!っていう、
長ったらしい文章がとても好きです。

奇しくも
「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を読んだ後だったので
なんというか、長く、苦しく、爽快な文章のお話が続いたなあと。

たくさんの積読本の中から、導かれるように手がのびるときって、
そういう、あ、これ前読んだ本にもあった!みたいな、
デジャブ、ではないんだけど、そんなものを感じることがあるから不思議。

話がそれた。

自分がもう戻ることができない青春ぽい話がベタに好きなので、
「女の過程」が一番好きでした。
「沼津」はなんか、日記を読んでるようで、なんか、うーん。

今の私は三年で消滅する、はずだったのに
十年たってしまった。そんなもんなんだな、人生って。

とても生き急いでいる自覚があるので。

以下引用

---「女の過程」------------------------------

人のことをバカにしながら本当は羨んでいたり、怒っている振りをしながら本当は喜んでいたり、そういう所が透けて見えるのが気持ち悪くて、私は祥のそういう所を目の当たりにするたびに祥にうんざりしていった。

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可愛いね、彼女の言葉に、はっとした。そういうポジティブな言葉に隠されたネガティブな感情に、冷たい手で心臓を鷲づかみにされたようにぎょっとした。

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女と女の出会いというのは、いつも戦いだ。彼女と話し終えて、私は勝った気持ちでいた。そもそも、負けたことなんてない。それが、地球上で可愛いのは私一人、的な若さ故の先走った自意識に裏打ちされているのも分かっているけれど、その客観性に対してもだから何? ってくらいの無頓着ぶりでいられる。自分より美人な女がいるなんて事はもちろん知っている。でも自分が一番美人だと思っていた。(中略)十八を過ぎた私と、今の私は、全く別の生き物だ。今の私は、約三年後に消滅する。

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女は人生の中で何度でも、完全な別物に生まれ変わる。それは青虫が蝶になったり、蛆が蠅になったり、猿が人間になったりするのと同じだ。女は何度でも生まれ変わって、美しくなったり、醜くなったりする。

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可愛いねという言葉が、私にとって単純に嬉しい言葉だろうと思っているから、そう言うのだろう。同じ可愛いでも、ユイさんの言う可愛いと、この人の言う可愛いは全然違って、多分ユイさんは私が可愛いという言葉を単純に可愛いという意味に受け取らないと知りながら、そう言ったのだろう。そこに籠められた侮辱や嘲りを感じ取る事を知りながら、彼女は可愛いと言ったに違いない。男の言う可愛いにも見くびりが交じっているのは分かるけど、それはほとんどの男に共通する、バカな女ほどいい、という気持ちが出ている好意的な見くびりであって、ユイさんの可愛いは、バカな振りをしたり、幼い振りをする事でしか自分を売り込めないくせにという、そういう嫌みの籠った可愛いだった。分からないけど、多分そういう軽蔑が籠っていた。

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女っていうのは何で一番に感情で二番に言葉で三番に理性なのだろうと、自分の悪癖をまた性に転換する。

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何となくそういう意味のない事を考えながら、私は自分が知らない事がたくさんあって、たくさんありすぎて、だから自分が何なのかとかどこにいるのかとか分かっていないだけなんじゃないかと思った。いつも誰かの何かになる事でしか自分を作れなかったけれど、結局そんな風にして作られた自分はその誰かとの関係の中で簡単に消滅してしまうわけで、そう考えると今私がすべき事は、このど田舎でドクターペッパーを飲む事じゃないのかもしれない。でもすべき事なんて考え方時代がバカげているように思う。すべき事って何だろう。私は何をしたいんだろう。でもそんなの状況によって変わるものだし、本来の自分が求めてる事、って言ってもその自分っていうのも結局周囲との関係性によって象られた自分でしかなくて、って考えていると頭が悪くなったようになって、結局秋晴れの空を見上げて目を瞑った。

---「Hawaii de Aloha」------------------------------

「……どうしたの?」
「馬鹿みたい」
「なにが?」
「私一人で喜んだり悲しんだりして、馬鹿みたいだね」

---「フリウリ」------------------------------

子供の靴下が脱げた事にも気つかず、子供が泣いてると怒られるんじゃないかとびくびくしている、テンパった自分が情けなかった。四ヶ月で完璧な母親になるのは無理にしても、四ヶ月経ってもなかなか身につかない自信や体力や精神力が、いつになったら手に入るのか、さっき隣の席に座っていた落ち着いたお母さんを思い出して泣きたくなった。

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子供を産んで、私もあらゆる事に関して恥を感じなくなったのは事実だった。恥ずかしいなどと言っていたら何も出来なくなる。この子が生まれてすぐ、その事実を感じ取った。恥ずかしいなどと言っていたら、赤子と共に引きこもりになるしかない。だから世の母親たちがどんどん周りを気にしなくなって、女でもないものになっていくのも、仕方のない事のように今は思える。自分はそうなりたくないと思うけれど、子供が生まれる前の自分と比べると、今の自分がどんどん自意識を捨てどんどん強くなっているのが分かる。

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放っておけば一日スナック菓子で飢えをしのぎ、一日に三箱煙草を吸い、眠くなったら寝て、予定がない日は十二時間以上眠って起きてテレビを見ては「疲れた」を連呼していた私が、毎朝赤ん坊に起こされ、飯やトイレや風呂や病気や、つまり一人の人間の全ての責任を負う事になろうとは、妊娠するまでは思いもしなかったし、言って見れば妊娠中もこんな自分になれるとは思っていなかった。赤ん坊の泣き声という暴力的なまでの強制力をもってして初めて、私は責任を負う立場に立つ事となった。

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生まれてこの方自立を拒み続けてきた私が、とうとう何かを出来る人になりたいと思うようになった。何も出来ない女でいたい、いつも誰かに何でもしてもらえる人間でありたい、そう望み続けていたのに、もうそういう女であり続ける事が出来なくなってしまった。

---「夏旅」------------------------------

どんどん汚くなっていく部屋、どんどん溜まっていく洗濯物洗い物ゴミ袋、どんなに溜めてもいつかは自分がこの手で全て片付けなければならないのだと思うと死にたくなった。家事を溜めれば溜めるほど、自分の中に腐った生ゴミが溜まっていくように感じられ、汚い部屋や溜まったゴミや洗い物洗濯物を見るだけで思考回路がばつんと切断され頭のてっぺんが雑巾絞りのように絞られていくような螺旋状の狂気が襲った。水道の蛇口に届きそうなほど積み上げられた皿を放心して見つめながら、何度涙を流しただろう。何度、泣きながらゴム手袋をはめ、洗い物をしただろう。

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母親業というのは、一種のプレイだ。家事も育児も、M女に求められる母親プレイという演技だ。私は確固とした自分を保ち、その上で母を演じているだけなのだ。鼻で笑いながらそう自分に言い聞かせ、私は幾度となく発狂を免れた。

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子供と話していると、自分が下らないセオリーに身を投じてしまった下らない大人に思えてくる。世間を知らない子供に下らない常識、歪められた現代の世論を押しつけているような、そんな罪悪感が残った。

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むずむずした感情が湧き上がり、しばらくしてそれが羨みだと気づいた。私はこと、自由気ままな彼のキャラクターや生活が羨ましいのだ。何をしているんだろう。我に返ったように、自分の行動が分からなくなる。私は子供を保育園に預け、江の島に来て、水着姿で何故、見知らぬ男と話しているんだろう。一瞬考えた後、少なくとも見知らぬ男と話す事に、もう少し若かった頃は違和感など持たなかったと、自分の変化を思った。

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こんなにも満たされない思いを抱え、蒸発するように日帰り旅行に出たにも拘らず、私には特に祈る事も願う事もないのだ。そう思った瞬間、絶望と共に強烈な安堵が襲った。

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引用終わり。
一文を切り取る、ってのが難しくて、
なんかカタマリで引用したからすごい長くなっちゃった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2013年2月26日
読了日 : 2013年2月25日
本棚登録日 : 2013年2月26日

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