本心

著者 :
  • 文藝春秋 (2021年5月26日発売)
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物語の舞台は、自由死(安楽死)が合法化された2040年代の日本。母子家庭で育った主人公の青年は、自由死を望みながら、事故で命を落とした母を、AIとVR(仮想現実)技術で「ヴァーチャル・フィギュア(VF)」として再生し、その「本心」を探ろうとする。母の友人だった女性、かつて交際関係のあった老作家…。それらの人たちから語られる、まったく知らなかった母のもう一つの顔。さらには、母が自分に隠していた衝撃の事実を知る――。

平野さんの小説は「ある男」と本作しか読んでいない。「ある男」で、平野さんが、たった一つの「本当の自分」など存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔すべてが「本当の自分」であるという「分人主義」を唱えているのを知ったのだが、今回もその延長上にあると感じた。最後の章のタイトル「最愛の人の他者性」で妙に納得できた。
先ず主人公の29歳・朔也の仕事は“リアル・アバター”。依頼者から頼まれてゴーグルを装着し、街の中を歩いて買い物をしたり、旅行に行ったり、雑用をこなしたりする。依頼者が遠隔操作をすることで「分身」として活動して報酬をもらう仕事だ。知り合ったイフィーは下半身が不自由で車椅子生活だが、創作するアバターが人気で裕福な暮らしをしている。そして、朔也は、亡くなった母が過去に関わった友人や知人にどんな風に接しどんな話をしていたか、母の友人・三好や恋愛関係だった作家の藤原に会い、知ろうとする。朔也は自分が精子提供で生まれたという事実を知ることとなる。
ヘッドセットを装着すれば「ヴァーチャル・フィギュア(VF)」のお母さんと会えるし、AIで母親はどんどん進化を遂げていくが、仮想であることは間違いない。
バーチャルとも現実とも境がつかない二つの空間で、多数の登場人物との語らいは、真実か嘘か分からなくなってしまうような錯覚に陥るが、そう遅くない時代に出現してくる世界だろうと確信できた。(私は望まないが)
安楽死の問題は、母がベッドで寝たきりになり経管栄養食で生き存えている現在、私の頭の中を渦巻き悩ませている。楽にさせてあげたいと思う一方で、母の生きたい気持ちがあるのだから尊重してあげよう。苦しんでいるわけじゃないから大丈夫よと、自らを慰め続ける毎日だ。
小説中に《縁起Engi》というアプリが出て来た。それを読んで少し救われた。朔也はヘッドセットを装着して三○○億年を超える宇宙時間を体現する。「死後も消滅しない」未来を体感できるシーンが描かれていた。(p340から)『僕がこの世界に誕生する以前の状態。元素レベルでは、この宇宙の一部であり、つまりは宇宙そのものになる未来。僕は宇宙物理学を信仰しているのだろうか? 終わりが始まりに戻り、その一部がまた何かの生き物になるのかもしれない。それはもはや、一種の無時間であり永遠ではあるまいか? その状態はいつまでも持続する。宇宙である限り、僕はもう消滅を恐れなくても良い』
結末は、日本語が上手く話せない外国人のティリのためにNPOの学校を紹介して、自分も夢を実現する方向に動き出した朔也で、救われた。
読み始めは精神的に辛かったが、最後まで読み終えて本当に良かった。明るいラストに変更してくれた平野さんに感謝を送ります。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2021年10月10日
読了日 : 2021年10月10日
本棚登録日 : 2021年10月11日

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