カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社 (2007年7月12日発売)
3.89
  • (230)
  • (187)
  • (245)
  • (23)
  • (4)
本棚登録 : 2463
感想 : 206

とうとう最終巻。これまでカラマーゾフ世界の混沌とした濁流の中でなすがままに揉まれてきましたが、それもこれが最後。
さあ気合いを入れて読むぞ、と思ったら、60ページにも行かない段階で物語は終了したので、驚きました。

残りは訳者による作者の生涯と、この作品に関する論文が掲載されています。
これはこれで、非常に読みがいがあり、作品理解の大きな手がかりとなりましたが、4巻が5巻の倍もある分厚さだったので、予想外のことで拍子抜けしました。
これなら4巻の「誤審」の章を、5巻に入れてもよかったのではないかと思いますが、ミーチャの刑が確定する前と後で、分けたかったのでしょうか。

5巻の章は「エピローグ」。まさに最終章です。
刑が告げられたミーチャの元へと元恋人のカーチャを連れて行こうとするアリョーシャ、ミーチャの部屋での恋敵同士のカーチャとグルーシェニカのはち合わせ、前後不覚の昏睡状態となったイワン、脱獄と亡命計画など、息つく間もなく密度の濃いシーンが展開されます。

彼らの会話の中で、この事件が4日間内に起こったことだということに改めて気が付き、驚きます。
長い年月を経た物語のように思えていました。
ロシアでは、裁判は翌日開催されるものなのでしょうか?
事件後日をおかずに行われるのはいいことですが、あまり早すぎると証拠が揃わず、この話のように誤審が多い気がします。

ラストは、イリューシャの葬儀に向かい、コーリャたち少年に囲まれ、歓声を上げられるアリョーシャのシーンで幕を閉じます。
結局、脱獄計画はどうなったのか、イワンは回復するのか、など、気になる話は残ったまま。

少年たちの登場は、あまり本編と直接に関係してはいないような気がしていましたが、彼らが最後に登場するということで、やはりドストエフスキーは続編となる第2部を構想していたんだろうと思えます。
2部を読めないのは残念ですが、それでも1部だけで十分楽しめるというかもうおなかいっぱいというか。

アリョーシャがテロリストになると作者の口から語られていたそうですが、おそらくコーリャたち少年も、そういった過激的行為に走るようになるのでしょう。
アリョーシャが常に読者によりそう形だったので、この非情な煉獄絵図のような物語の中も突っ切っていけましたが、アリョーシャの心的描写が、ほかの人物に比べて極端に少ない点は、やはり最後まで気になりました。
あちこちに動いてよく人と会っていますが、常に受け身的立場で、主体性があまり見えません。
感じたり考えたりするのをやめているような感じ。
こうした彼の描写が、2部にはがらりと変わったのかもしれません。

また、作者がプロローグで、アリョーシャのことを変人だと名指しして書いていましたが、この作品を読む限りでは、特にそうは思いませんでした。
むしろ周りの人たちが変人ばかりのような。
ただ、周りから見れば、アリョーシャはやはり変わっていて一人浮いていたのでしょうけれど。

前の巻では、いろいろなことが起こって、どこか感覚がマヒしてしまったようなところもありましたが、つまりイワンとスメルジャコフは裏と表のような存在だったというわけですね。
スメルジャコフが実行犯ながら、彼はイワンの父殺しを望む深層心理を読みとって凶行に及んだわけで、つまりはあなたがそうさせたんだ、と面と向かって言われたイワンは、確かに内なる心の声を聞き、自分の欲望に気付いてしまいます。
スメルジャコフを拒絶しながらも、父殺し実行犯は自分だったという衝撃で心身病んでしまう彼。
イワンに拒絶され、絶望して自殺をするスメルジャコフ。
漱石の『虞美人草』の藤尾が、屈辱で憤死をするように、登場人物たちは感情の起伏が激しすぎるあまり、精神が肉体を傷つけていると思いました。

人格的にいくら問題があろうとも、彼らなりに自分を愛してくれた父や兄たちが、それぞれ不幸になっているのに、結果的に誰一人として助けられず、結婚を約束した自分の恋人さえも去っていったことについて、アリョーシャは何を思うのでしょう。
キリスト教の教義の限界でしょうか。

アリョーシャがもし第2部でテロリストになったとすれば、それは宗教は人の救いとならないと見限ってのことでしょう。
キリスト教についての鋭い疑問を放った兄イワンの主張(「大審問官」のくだり)に、最終的には同意したということになるのでしょうか。
社会の体制が変わらないことには、いくら宗教が存在しても、魂の平安は得られないと思ったのでしょうか。

難しい問題を提示して、物語は終わりました。彼らの今後が気になります。
当時のロシアの社会状況がわからないと、理解しづらいところもありましたが、心理ドラマとしても非常にドラマチックな作品だったので、少しずつ彼の他の著書も読み進めていきたいです。
でも今回は相当集中して全巻読みこんだので、しばらくは軽い本を読んでクールダウンさせないと、頭がもたなさそう。。。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 外国文学
感想投稿日 : 2011年6月20日
読了日 : 2011年6月20日
本棚登録日 : 2011年6月20日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする