武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社 (2003年4月10日発売)
3.88
  • (214)
  • (361)
  • (240)
  • (24)
  • (10)
本棚登録 : 2826
感想 : 382
5

 古本屋で温州みかんの段ボール箱に入っていたのは、加賀藩士猪山家の37年間にわたる細密な出納帳だった。ただの家計簿ではない。「御算用者」という会社で言えば経理と資財を合わせたような職務に代々ついていた、いわば会計のプロが残した家計簿だったのだ。磯田道史『武士の家計簿』は、「国史研究史上、初めての発見」というこの貴重な史料をもとに、武士の暮らしぶりを超具体的に紹介してくれる一冊だ。
 家計簿を付け始めた当初、一家の収入は米にして五十石。1石が27万円程度として現代感覚にすると年収1350万円相当だったという。ところが借金は年収の倍もあった。武士としての体面を保つために多額の交際費が必要不可欠だったからだ。祝儀交際費の支出機会は年200回以上、額面で年収の三分の一にも上っている。明治維新によってこの「身分費用」がなくなったことは、武士にとって特権を失う以上にありがたいことだったのでは、という著者の推測も肯ける。
 さて猪山家、さすが会計のプロだけあって、いよいよクビがまわらなくなる寸前に家財の一切を売り払って借金を整理したようだ。家計簿には嫁入り道具の着物はおろか、欠けた茶碗までいくらで売ったと生々しく記録されている。その後も苦しい台所が続くが、幸いにも猪山家は親子三代にわたって計数能力に恵まれ、徐々に藩政に重用されるようになる。一介の下級武士から、藩主の家族の秘書役へ、そして家計簿三代目(猪山家としては九代目)の成之は加賀百万石の兵站を預かる立場へと出世。さらにロジスティックの腕を見込まれて新政府軍にヘッドハントされ、誕生したばかりの日本海軍のソロバンをはじくことに。明治7年の彼は現代で言えば3500万円相当の収入を得ていたそうだ。
 という具合にこの本、歴史読み物としてのトリビア的楽しみもさりながら、筆とソロバンを両手に激動の幕末を生き延びた会計一家・猪山家の成り上がりストーリーとしても格別のおもしろさ。森田芳光監督で昨年末、映画になったのも納得だ。無味乾燥な数字から無類の物語を抽出した著者の仕事に感謝したい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 人文
感想投稿日 : 2011年9月8日
読了日 : 2011年2月12日
本棚登録日 : 2011年2月12日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする