被爆のマリア

  • 文藝春秋 (2006年5月1日発売)
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感想 : 44
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私は原爆についてほとんど何も知らないと言っていい。
体感として知れるはずがないことは当然だけど、知識としても知らない。
そんな自分を正当化するつもりはないが、現代人はそういう人が多いのではないかと思う。「原爆の存在は知っている。だけどその中身はほとんど知らない」。それは罪深きことであり、平和に埋もれている証拠なのだと思う。

そんな現代人である私にとって、事件としての原爆が描かれた小説というものはきっと、リアルには入ってこなかったと思う。だけどこの小説はとても身近。その辺に転がっていそうな事象と原爆のつながりが描かれていて、そのほうが却って私のような人間にとってはリアルなのだと感じた。

「知らない」ということは恐ろしい。「知らない」からこそ、無邪気に振る舞えてしまう。「知っている」人は、その重さを身をもって分かっているからこそ、無邪気にはなれない。
原爆について「悲惨な過去だ」「凄惨な出来事だった」と語れるのもきっと、何も知らない人たちなのだと思う。
知っている人たちはきっと、そんな一言では済ませられないし、ひと括りにも出来ないだろう。それ以前に、言葉にすることさえ躊躇ってしまうかも知れない。

私も「知らない」から、こんな風に書けるのかも知れない。
映画『火垂るの墓』を観たときにも感じたことだけど、心のどこかで“いつかの話”と思っているところがあるんだと思う。自分には無関係だという意識がどこかにあるからこそ、物語も客観的に見てしまう。

この短編集もきっと、読む側によって全く異なる感想になるような気がします。
経験者に言わせれば「こんなのリアルじゃない」だろうし、未経験者的には身近なものになるだろうし。

私は基本的に田口ランディさんの文章や書かれる雰囲気が好きです。精神的に迫るところがあるから。
そして私は「知らない」現代人だから、物語として「好きな小説」だと言える。
ただテーマとしてはとても難しいと思います。無意識であっても現代人であっても、日本人であればいつの間にか根付いているテーマなのかも知れない…と感じました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2011年1月21日
読了日 : 2009年9月20日
本棚登録日 : 2011年1月21日

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