ポーカーフェイスな語り口で詩的な表現がつづく小説。
羊というのは、何か大きなメタファーだと思っていたらそれだけではなかった。村上氏は北海道のある奥地の村の開拓史と日本の緬羊の歴史についてかなり綿密に調べられたらしい。先人たちが血の涙を流して畑を作り、やがてその土地が緬羊に向いていることが分かった。その頃、日清戦争を始めるに当たって国産の羊毛を生産しようとしていた政府にとって好都合であったため、政府の後押しがあって、その村で緬羊が始められた。そしてその村の若者達は、日清戦争に徴用され、自分たちが作った羊毛で作られたコートを着て戦士していった。これらのほぼ実話を“僕”の読んでいた「十二滝町の歴史」という本を通じて知った。その村のモデルは実際にあるらしい。シュールな雰囲気の中で、リアルに歴史の中の取るに足らない普通の人々と魂が行き交うようなこの感じがたまらない。
ある裏社会の大ボスの中に入り込んでボスを導き続けていた、背中に星マークのある“羊”を探せと言われ、“僕”はその羊と友達の“鼠”の両方を探すために北海道に来るのだが、目的地に行くまでに“いるかホテル”に泊まったり、羊博士に会ったり、どこか可笑しな出会いがある。やっと目的の牧草地を探し当て、そこで出会った“羊男”、そして“鼠”。見捨てられたような土地に執着して生きる彼らはどこか哀しく愛おしい。
結局この「羊をめぐる冒険」で“僕”が見つけたものは?
冒険を終えた“僕”は故郷の埋め立てられた海を見ながら泣いた。故郷といっても事情があって実家には寄れない。ジェイという、“鼠”と“僕”との共通の友人である男が経営するジェイズ・バーが拠り所である。
この小説は「風の歌を聴け」から始まった三部作の三番目であったらしい。前の二作も順序は逆になるが読むべきだな。
ハルキストの気持ちが分かった読後感だ。
- 感想投稿日 : 2022年1月26日
- 読了日 : 2022年1月26日
- 本棚登録日 : 2022年1月26日
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