源氏物語 巻五 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2007年5月15日発売)
3.79
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本棚登録 : 317
感想 : 26
5

 巻五は「蛍」「常夏」「篝火」「野分」「行幸」「藤袴」「真木柱」「梅枝」「藤裏葉」。
 この巻の最後はハッピーエンドで終わった。やっと夕霧と雲居の雁ちゃんが結婚出来たのだ。雲居の雁ちゃんのお父さんの内大臣がそれはそれはプライドが高くて、昔二人がまだ少年少女だった頃、夕霧の位が低いからといって二人の中を引き裂いたくせに、夕霧が立派になってきて、宮家の婿にと声がかかりそうになると、「あの時雲居の雁と結婚させておけば良かった」と思う。夕霧も源氏の周りで心を奪われる姫君を何人も見かけても、一途に雲居の雁ちゃんを一番大事に思っている。だけど昔、内大臣に見くびられ、冷たくあしらわれた恨みは消えず、自分からオメオメと「お願いだから娘さんを僕にください。」などと絶対に言わない。「今に見ていろ。高い位に付いてやるから。」と思っている。夕霧のお父さんの源氏も同じ思い。そしてとうとう、この巻の最後の「藤裏葉」で、内大臣のほうから夕霧に「あなたはこんな年寄にいつまで冷たくされるのですか?」という手紙を送り、仲直りしたい気持ちを示して自邸に夕霧を招いてそのまま雲居の雁ちゃんと結婚させてあげる。良かった。良かった。夕霧は本当にめちゃくちゃいい子だし、二人ともピュアだし、試練を乗り越えて結ばれたことは、ほんとにハッピー。源氏物語を読み始めて一番微笑ましいシーンだ。
その後、源氏は太政大臣から准太上天皇へ昇格。内大臣は太政大臣に。夕霧は中納言に。その年、六条の院の紅葉が綺麗なとき、帝の行幸があり、朱雀院も来られ、盛大な紅葉賀のような催しがあった。太政大臣の息子が舞を舞われるのを見て、昔、源氏と頭の中将(現 太政大臣)が若いときに美しく青海波を舞った時のことを懐かしく思い出された。あの時からきらびやかだった二人で、ライバルだったが、源氏のほうがより優れていた。仲の良かったあの頃からの時の流れをしみじみ感じる感慨深いところで、第一部が終了する。全十巻中の五巻が終わったのでここで折り返し地点である。
“時の流れのしみじみ”といえば、若かりし頃“雨夜の品定め”で頭の中将(現 太政大臣)が「一度契を結んだがその後離れ、その女(夕顔)もその娘の居所も分からなくなってしまった」と嘆いていた“その娘”玉鬘を源氏が見つけて、六条の院に匿い、内大臣(かつての頭の中将、のちの太政大臣)に実はあなたの娘だよと打ち明けて、玉鬘の裳着の義の腰紐を結ぶお役目を引き受けてもらい引き合わせたときは感動的だった。
 だけど、こちらの娘の気持ちには内大臣は無頓着だったらしい。しつこく玉鬘に言い寄る“髭黒の右大将”のことを本当に玉鬘は嫌っていたのに、彼は身分が高いからと父親として反対しなかった。だから、玉鬘は髭黒の右大将の強引さだけで、彼と結婚することになってしまった。本当に嫌われていることを考えれば分かるだろうに、自分の家庭を壊してまで玉鬘を我が物にしようとする髭黒には本当に腹がたつ。
 紫式部さん、すごいですね。これは平安時代のトレンディドラマです。美しい人、醜い人、賢い人、馬鹿な人、運のいい人、運の悪い人…色んな個性と背景をもった人たちが繰り広げる山あり谷あり雅やかなドラマ。各巻の巻末の
系図がどんどん広がっていって付いて行くのが大変ですがワクワクします。
 トレンディドラマといえば、この当時の服…女性の十二単の袖の重ね方とか、TPOに合わせた衣装の色のことだとか、手紙の紙の色とか、文字の美しさとか、お香の丁合とか流行りの“物語”のこととか、色んなファッションや文化について、語り手からの情報や源氏の考えが盛り沢山なのも読者を惹きつける要素だなと思う。今の時代の読者からみて、何が凄いかというと着物の色も紙の色も、化学染料ではなく、自然の物で手で染めていたであろうということだ。“色”をつけるということがどれだけ贅沢であったことか。そしてそれらの色は自然に溶け込むように美しかったのだろうと思う。
 最後まで読み終わったら、源氏物語の美術や文化について調べてみたいと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年1月4日
読了日 : 2023年1月4日
本棚登録日 : 2023年1月4日

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コメント 9件

たださんのコメント
2023/09/07

まこみさん
こんばんは。
巻五を読み終えてから、改めてまこみさんのレビューを読むと、トレンディドラマに「なるほどー」と思いまして、ハッピーエンドもそうですし、ここに来て「近江の姫君」のような、個性的な人が登場するのも、紫式部の懐の深さを感じさせて、すごいなと実感いたしました。

そして、これまで順調に読めていた源氏物語は、巻六が貸出中になっており(市の図書館に一冊しか無くて)、ちょっと間隔が開きますが、決してドロップアウトしたわけではありませんので。

Macomi55さんのコメント
2023/09/07

たださん
こんにちは。
近江の姫君は本当に和ませ役ですね。
身分の高いお方ばかりの肩が凝る世界の中で、バカなんだけど、自分に近いと思えるような庶民が場違いに出てきて、だから広く愛される物語なのでしょうね。その意味では末摘花も似た役割なのかも。
近江の姫君をイヤイヤ連れてくる時の柏木の中将(でしたっけ?)好きなんですよ、自分が近江の姫君だったらその時トキメキそうで。

たださんのコメント
2023/09/07

まこみさん
そうです、そうです。
柏木の中将の心境ですが、物語だと人伝で話すので、実際に二人がどう感じていたかは分からないのですが、おそらくそんな感じだと思いますし、それこそドラマ性の強い展開になりそうですよね。
ただ面白いのは、近江の姫君が好みの男の話を全くしていないことで、どちらかと言うと出世の方に興味があるのかな・・・
なのに、尚侍の件は、和歌は下手ながら詠めそうだけど、申文は内大臣にお願いして、私はちょっと言葉を添えるだけにしますみたいな考え方と(ここまで来ると微笑ましいです)、それから、「はあい」って返事の仕方、平安時代でもする人がいるんだなと、妙なところに感心いたしました。

Macomi55さんのコメント
2023/09/07

たださん
近江の姫君というシンデレラにとっては、源氏の周りの男性は誰でも王子様だったと思いますよ。出世さえすれば、それもよりどりみどりだと思っていたのでは?
まあ、あの厚かましさはシンデレラというよりシンデレラのお姉様達の性格に似ていますが(゚∀゚)

たださんのコメント
2023/09/07

まこみさん
なるほど。建前として、私を差し置いて、あの女が先に帝のお側に行けるなんておかしいと言っていたのは、そういうことだったのですね。確かに帝は源氏と瓜二つで更に若いとくれば、その魅力たるや、近江の姫君だけでなく、玉鬘の姫君もトキメかせてましたし、更に他の男性とも出会う機会は、確実に増えますよね。

また、彼女の場合、厚かましさの中にもシンデレラのお姉様達と違うと思うのは、バカなくらいピュアなところで、瀬戸内寂聴さんも「源氏のしおり」で書いてましたが、その時代の枠からはみ出してしまうような存在は、今で言うマイノリティの在り方を描いているようで、とても興味深いです。

Macomi55さんのコメント
2023/09/07

たださん
マイノリティですか?紫式部はそんなに思考が進んでいたのでしょうか?私には、源氏達上品な方々の一皮剥いたありのままの姿を皮肉って描いているようにも感じられます。
藤壺の計算高さもなかなかのもんですし、仏堂さえ建立すれば仏の道に入れると思っている源氏の厚かましさも近江の姫君の比ではないと思います。
確かにそんな源氏のような権力者と比べれば、近江の君はピュアですね。

たださんのコメント
2023/09/08

まこみさん
すみません。言葉足らずでしたね(^_^;)

私がマイノリティを感じたのは、近江の姫君と末摘花だけで、それは『源氏のしおり』の寂聴さんの解説を読んだことで、もしかしたらと感じたのですが、何より美と調和が重んじられた当時の社会に於いて、どんな意味にしろ、不協和音を立てる者は許されず非難の的とされたそうで、そんな調和を乱す二人を面白可笑しく書いているというのは分かります。
しかし、それでも紫式部は、彼女たちの一途さや、非常識なほど真面目で真剣だという点も書いてまして、それは観点を変えれば人間の美点でもあると、寂聴さんが指摘しているのを読んで、ハッとさせられるものがありました。
そして私は、たとえ非常識であっても、そのような美点も併せて書いている点に、紫式部の、人間って一筋縄ではいかない、いろんな要素を兼ね備えた存在であることも分かって書いているのかなと感じましたし、あまりに周りから笑われている姿も、最初は面白かったけど、時にやるせなく感じるというか・・・私だって、周りの人と少し考え方や行動理念が違うのかなと、気にすることもありますし、そうした視点で読むと、彼女たちだって、そんな世の中に於いても、しっかり生きているんだなと実感させられて、ですから、私が読者の場合、彼女たちには、笑って笑ってちょっと泣くみたいな心境になります。

Macomi55さんのコメント
2023/09/08

たださん
なるほど。たださんの捉え方は温かいですね。
私は、源氏物語は学園物語のような要素もあると思っているので、近江の姫君、末摘花は「ちびまる子」の中の“みぎわさん“や“野口さん“のように無くてはならない必須のキャラクターだと思っています。(物語を面白くするためにはね)
マイノリティという言い方をすると、そもそも源氏物語に登場する人達は平安時代でも氷山の一角であって、彼らのほうが世間ずれしているのに気づいていないことをシニカルに描いていたとも言えるのではないかな?上流社会の一員だった紫式部がそこまで客観的な視点を持っていなかったかもしれないですが。
平安時代に「源氏物語」を読むことが出来たほど恵まれた階級の人にとっては、「末摘花」や「近江の姫君」は「異分子」だったのかもしれないですが、現代の女性読者は「近江の姫君」「末摘花」にしか自分を重ねられない人が多いと思います。実際私もそうなので、「客観的に見たら私もこんなにおかしいんだろうな」と苦笑いです。
紫式部はそんなふうな意図ではなかったかもしれないですが、作品は社会の成長とともに捉えられ方も変わっていくものだと思います。
もう一つ気をつけなければならないのは、「源氏物語」を読んで「平安時代はこうだった」と思うのは早合点ではないかと思います。あの時代の一握りの読み書き能力のあった人のために書かれた世界は、現代でいえば社長や官僚クラスの一般庶民とは生活が全く異なる人達の世界であり、文献に残されていない一般庶民の感覚は案外現代人に近かったのでは?とも思います。

たださんのコメント
2023/09/09

まこみさん
「ちびまる子ちゃん」、腑に落ちました(^^) 確かに!
それから、「源氏物語」だけで、平安時代の全てを判断すべきではないこと、その通りだと思いました。
また、それを読む時代によって捉え方が変わることは、そこから今の社会のあり方を知るきっかけにもなりそうだと思いましたし、仮に、重ねられる人が彼女たちだとしても、そこから何を感じて思うのかということは、きっとありますよね。そこから何かを考えていければと思いましたし、女性に限らず男性だって、源氏たちには全く自分を重ねられないから、私も一緒ですよ。苦笑いする対象がいないだけで。
まこみさんのおかげで、今後の源氏物語を読んでいく上でも、何か得るものがあったような手応えといったら、変な表現かもしれませんが、とても勉強になりました。
ありがとうございます(*'▽'*)

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