羊と鋼の森 (文春文庫 み 43-2)

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  • 文藝春秋 (2018年2月9日発売)
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「このピアノは古くてね」
「とてもやさしい音がするんです」
「昔は山も野原もよかったから」
「昔の羊は山や野原でいい草を食べていたんでしょうね。」
「いい草を食べて育ったいい羊のいい毛を贅沢に使って、フェルトを作っていたんですね。今じゃこんなにいいハンマーは作れません」

 そうか、ピアノの中のハンマーはフェルト…つまり羊の毛で出来ているんだ。
うちには電子ピアノしかないけれど、自然の物で作られた楽器って素晴らしいな。

 学校のピアノの調律にきた板鳥さんの仕事に惹かれて、調律師を目指した外村君。
彼はピアノを習ったことは無く、調律の修行を始めるまで、クラシック音楽にも触れて来なかったが、板鳥さんの作った音から「音の森」の素晴らしさに惹かれて、自分の進む道だと確信したのだった。ピアニストを諦めて、調律師になった先輩のようにピアノのことをよく知っている自信は無かったが、北海道の田舎で育った外村はピアノの音は自分の身近にあった自然の森のなかのような所から生まれてくるのだというような確信があった。
私はピアノの演奏を聴く時、曲とピアニストにしか注目してこなかったが、ピアノの音は森に似ていると思った。ピアニストは音楽の森を歩く人かもしれないが、その森を歩きやすくするために、木の枝を払ったり、道を整えたりして森を美しくしている調律師の方がいて、そしてピアノそのものも自然の中から選りすぐった物で作られていて、見えないところで美しい仕事をしている人がたくさんいるから、ピアノの演奏が美しくなるのだと思った。
そして「見えない」仕事をしている人は「見えない」ことを喜んでされているのだと、コンサートピアノのように華やかな舞台のピアノでなくとも、自宅のピアノを喜んで弾く人の顔を見ることにも喜びを感じているのだと知った。
ピアノの世界だけでなく、どんな仕事も見えないことをコツコツとする人たちによって守られている森のようだと思った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年8月4日
読了日 : 2023年8月4日
本棚登録日 : 2023年8月4日

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