蛇行する月 (双葉文庫)

著者 :
  • 双葉社 (2016年6月16日発売)
3.57
  • (49)
  • (119)
  • (109)
  • (28)
  • (6)
本棚登録 : 1263
感想 : 116
5

 NHKの朝イチに桜木紫乃さんが出演されていた。『ホテルローヤル』の映画化で話題となっている著者である。今までこの著者のことを知らなかったのだが、ご実家がラブホテルを経営されており、子供のころ仕事を手伝うと親に喜んでもらえた話とか、著作はご自身が育たれた北海道を舞台にされているとか、そんなお話をされながら滲み出る柔らかくも凛とした、そして気さくなお人柄に惹かれてこの方の小説を読みたくなった。
 今の私には新刊を買う余裕はないので、ブックオフで探したが、話題となっているせいか、在庫なしのものが多く、☆が多い中で入手出来る中で選んだのが、この『蛇行する月』。
 「蛇行する月」ってなんと詩的なタイトルなんだろう。
 読み始めて北海道の釧路が舞台になっていることが分かり(多分桜木さんが生まれて現在も居住されている土地)、「そういえば、釧路って北海道のどこらへんだっけ?」と調べてみれば、釧路は北海道の東側で「国立釧路湿原公園」となっている土地らしい。写真を見ると、なんと美しい土地!。湿原なんて、見たことない!
こんな所で桜木さんは育たれたのか、羨ましい!そして、釧路川というのが流れていて、それが「蛇行」する川として有名らしい。この小説のタイトルは釧路川のイメージだったのだ。もちろん、釧路川と重ならなくても十分詩的だし、読者にとって釧路川のことはあってもなくても変わらないと思うのだが、生まれ育った背景から自然に詩的な言葉が使えるっていいな!と思った。
 主人公の女達は皆、平凡な、しがない女達である。釧路湿原高校の図書部で同じだった、清美、桃子、美菜恵、直子のその後について年代を分けて書かれている。彼女たちはみんな、解説の言葉を借りれば、「蛇行する女達」であり、蛇行する川のように「田舎にいることの、金がないことの、職場の、家族間の、どんづまり感」をかかえている。
 そんな同級生のうち、一人だけ異なるのが、順子。彼女は高校の時好きだった国語の先生の教員住宅まで押しかけて告白し、大問題になった子で、卒業後は、就職した和菓子屋の主人と駆け落ちし、東京の郊外で、夫婦でしがない中華料理屋を営む。それでも、「私、今すごく幸せ」と同級生たちに電話や手紙で、知らせてくるので、同級生が会いに行ってみると、決して流行っているとはいえない中華料理屋の二階の六畳二間で家族三人方を寄せ合って生活し、服にも構う余裕がないような経済状況で、籍も入れていない旦那さんは20歳以上年上。「これのどこが幸せなの?」とそれを見た同級生は思うのだが、順子は見栄ではなく、本当に自分は幸せだと心から思っている。順子は和菓子屋の女将さんから旦那さんを略奪するという、許されない罪を犯したのに、そんな真っ直ぐな彼女を見て、同級生たちも読者も(私は)、旦那さんを略奪された和菓子屋の女将さんまでもが順子を憎めない。
 その和菓子屋の女将さん(弥生)のことを書いた章もある。旦那が店で雇った新人の女の子と駆け落ちしてしまった時、そのショックよりも、父親から受け継いだ暖簾を守ることに必死になり、それから約10年、一人で工夫しながら何とか商売を続けてきた。夫の居所が分かり、勇気を出して会いにゆき、ケリをつけて、一人の人生を心新たに歩み始める。
 順子の母親(静江)のことを書いた章もある。彼女自身、親に捨てられたような人生で、一人娘も20歳以上年上の男と駆け落ちした後、会っていない。60歳になり、職場からの風当たりがキツくなり、同棲していた男にも去られてから、ふと娘の順子を訪ねてみようと思う。少し娘を頼りたい気持ちもあったのだが、自分と変わらない貧しさの中で自分とは違い、一人の男と二十年も寄り添って「幸せ」だと目をキラキラさせて語る娘を見て、静江も人にすがらず生きていく決心をする。
 40代半ばで独身でいる看護師の直子。曲がったことが嫌いだが「曲がるならしっかり曲がれ」という信条を持っている。「曲がり角を曲がれば、目の前の景色も背後の景色も変わる」。
やっぱり、釧路川のような蛇行する川を見てきた桜木さんだから、こんな文章書けたのだろうな。この部分好きだ。
 この小説の主人公の女達は順子という、ただ一人真っ直ぐに自分は幸せだと言っている女に再会して、ガクンと蛇行する。それが正しい方向なのか、幸せな方向なのかは分からないが、とにかく砂の溜まった曲がり角を何とか曲がり、新たな流れに進む。蛇行する川が出来るような厳しい自然の中で。
 解説では、どの主人公も好きになれる人物ではないと書いてあったが、この小説の中では、私にはどの女性も愛おしく、背中を押して貰えた小説だった。



 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年11月9日
読了日 : 2020年11月8日
本棚登録日 : 2020年11月8日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする